日銀法改正とマルチタスク問題(続)

池尾 和人

先の記事で経済学でいうマルチタスク問題の説明をした。再掲すると、「複数(マルチ)の次元で成果が評価されるべき仕事(タスク)において、計測が比較的容易な次元にのみ力点をおいて評価を行うと、かえって望ましくない結果を招来しがちだというのが、マルチタスク問題である。」


具体的には、「例えば、一般的な製品の製造においても、その製品の生産量と品質の両面が重要である。すなわち、量と質という2つの次元で評価されるべきものである。けれども、量は測定しやすいが、質の測定は難しい。そこで、量にだけ着目してノルマを課すようなことをすると、悲惨な結果になる。要するに、質を度外視した(質の面で手を抜いた、それゆえ劣悪な品質の)製品が大量に作られる結果になる。これは架空の話ではなく、旧社会主義国において一般的に観察された現象である。」

日本銀行の法定された目的は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」であるが、これはまさに「複数(マルチ)の次元で成果が評価されるべき仕事(タスク)」である。しかるに、この間、日本銀行の成果(パフォーマンス)をインフレ率という指標だけで評価するような風潮が政府と政治の側において強まった結果、日銀法の改正を待つことなく、日銀の行動にすでに変化が生じてきているように懸念される。

要するに、とにかくインフレ率を上昇させないと強い非難を受けるということで、日銀は、それ以外の次元の問題に従来よりは配意しなくなっているとみられる。直近の例としては、7月11-12日の金融政策決定会合で、日銀は資金供給手法の見直しを決め、資産買い入れ基金が短期国債を購入する際の下限金利(0.1%)の撤廃を決めた。このことは、『日本経済新聞』の記事によれば、「日銀が市場機能より基金オペの達成を優先させる姿勢が明確になってきた」と多くの市場関係者によって受け止められている。

国際決済銀行の年次報告書が警告するように、果敢で長期にわたる金融緩和は金融市場の働きを歪めてしまいかねないという弊害を伴いかねない。これまで日銀は、この種の弊害に敏感で市場機能の維持に配慮してきた。しかし、一層の資金供給を実現するためには、そうした配慮もしていられないという状況になってきているようである。この結果、利回り曲線はますます平坦化させられていっている。

長期金利が低下することは、いかばかりかの景気刺激効果をもつだろうが、その反面での市場機能の低下は、通時的な資源配分の非効率化を招来するという意味で、経済にマイナスの効果を及ぼす。果たしてトータルでみていまの金融政策が「国民経済の健全な発展に資する」ものになっているのかどうかは、はなはだ疑問である。しかし、インフレ率だけで成果が評価されるなら、日銀としてはやらざるを得ないということだろう。

量だけのノルマを課した結果、粗悪な品質の商品だけが大量に作られるという結果にならなければいいと思うが、そうなったときの責任は誰がとるのだろうか。

--
池尾 和人@kazikeo