なぜテルモはオリンパスを提訴したのか --- 山口 利昭

2012年08月04日 07:00

すでに新聞等で報じられておりますように、医療機器メーカーのテルモ社が、オリンパス社に対して経営統合提案を行っていたところ、突如、オリンパス社を相手に粉飾決算に基づく株価下落(評価損)について損害賠償請求訴訟を提起した、とのことであります。オリンパス社に対しましては、すでにソニー社が業務・資本提携の申し入れを行っており、そこにテルモ社が参入してきた、ということで、今回の損害賠償請求訴訟の提起は、このソニー社との競争を有利に展開するためのテルモ社側の戦略ではないかと言われております。私などは、このニュースに触れて、(最初は)経営統合を持ちかけておきながら、同時に裁判を仕掛ける……というのは、なんとも理解のできない行動ではないかと思い、いくら硬軟織り交ぜた戦略とはいえ、これではテルモ社として、うまくいくものも、うまくいかなくなってしまうのではないかと考えておりました(あいかわらずソニー社が優勢である、とは言われておりますが)。


しかし昨日(8月1日)本件騒動について開示されたオリンパス社のリリース、およびテルモ社のリリースを読みますと、ちょっとこれはテルモ社の競争上の戦略ではなく、同社が説明しているように「ガバナンス上の問題」であり、統合提案とは無関係ではないか、とも思えてきました。

今回、テルモ社が裁判で問題にしているのは、平成17年8月4日にオリンパス社がテルモ社に対して行った第三者割当増資の際の情報開示(増資の効力発生)に関するものであります。つまり、発行市場において虚偽記載による届出書、目論見書等を開示した企業の民事責任を問うものであり、テルモ社がオリンパス社に対して金融商品取引法(旧証券取引法)上の不法行為責任を追及するものです。これは、5年または7年の除斥期間が金商法(旧証券取引法)で条文上規定されていますので、ちょうど効力発生から7年が経過する平成24年8月3日頃には権利が消滅してしまうことになります。(手元に六法がございませんので、正確には申し上げられませんが、たとえ除斥期間に関する条文が改正されているとしても、おそらく経過措置によって7年とされているものと思われます)。実際にテルモ社がオリンパス社の粉飾決算を知ることになるのは過年度の決算が訂正された2011年のことですから、果たして時効期間(3年)が経過する前に除斥期間の延長も認められないのかどうか……といった法律問題はあるかもしれませんが、そのあたりは保守的に考えたら「やはり7年という除斥期間は動かせない」と考えるべきなのでしょう。

ということは、この8月初めまでにテルモ社としてはオリンパス社相手に裁判を提訴しなければ、もはや多大な損害の請求権を行使することができなくなってしまう(損害回復の機会を失ってしまう)わけでして、そうなりますと、テルモ社の取締役の方々は、テルモ社の株主から責任追及訴訟(株主代表訴訟)を提起されるリスクを負うことになります。とりわけ、発行企業に対して粉飾決算による民事責任を追及する場合には、テルモ社側でオリンパス社の過失や損害との因果関係を立証する必要がなく、またむずかしい損害額を立証しなくてもよいことになりますので、「裁判を起こせば、ある程度の金額については賠償請求が認められる可能性が高い」ことになります。そのような裁判を、株式の持ち合いを行っているオリンパス社に対して提起しないことについては、株主の利益を不当に損なうものとされることが予想されるわけでして、たぶん私がテルモ社の社外取締役であったとすると、たとえオリンパス社と仲よくした方が良いとしても、とりあえず裁判を提起して、真摯に訴訟を係属すべきである、との意見を出すと思います。

オリンパス社のリリースを読みますと、テルモ社が訴えを提起したのは法人たるオリンパス社のみであって、同社の役員個人に対する損害賠償請求訴訟ではないようであります。たとえば役員個人に対する訴訟となりますと、(立証責任の転換等はありますが)役員個人の故意・過失が要件(過失責任)となりますし、損害の範囲についても、いろいろとむずかしい判断がありますので「訴訟を提起しても容易に勝てるとは限らない」との判断が成り立ちそうであります。つまり経営判断として、オリンパス社を提訴するかどうかはテルモ社の取締役に広く裁量権が認められるため、訴訟を提起しない、という選択肢も考えられます(これはテルモ社だけでなく、流通市場における民事責任を追及する立場にある別の法人についても同様かと)。そうしますと、オリンパス社の役員個人に対しては提訴をしない、ということが、むしろ戦略と言えるものであるかもしれません。しかし第三者割当によって株式を取得した相手方企業が、無過失責任が認められる法人自身へ提訴することについては、そういった理屈は成り立たないように思われます。

このように考えますと、株式の評価損の賠償を求める本件提訴の事情と、オリンパス社に対する経営統合の提案とはあまり関係がないようであり、とくにテルモ社としての戦略といったものではない、むしろオリンパス社と株式持合いの関係にあるテルモ社の取締役としては、会社に対する善管注意義務、忠実義務の履行行為のひとつである、と考えるのでありますが、いかがなものでしょうか。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年8月3日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。

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