橋下市長はそろそろ文楽問題を着地させよ

2012年08月05日 10:47

文楽への補助金凍結を表明している橋下大阪市長。7月26日に二回目の鑑賞を行い、終了後に技芸員の楽屋を訪れるなど、歩みよりの姿勢を示しているものの、これまでの言動と整合性のある落とし所を探しあぐねているようにも感じる。

そこで、10年来の文楽ファンとして、一般に正確に伝わっていないこの問題の本質を解説し、これからいかにしてソフトランディングしていくべきか、どのようにこの問題を解決させるかを提案したい。以下、Tweetを再整理したものであることはお断りしておく。


文楽は「衰退」しているのか?

橋下市長「文楽は衰退した」とするが、東京公演は毎回チケットが完売する(チケットが取れずに困っている人がたくさんいる)。これに対して、大阪公演はピーク時で「10万人オーバー」、直近では9万2千人を動員。東京の8万人弱を上回る。

そもそも東京の観客動員率が85~90% に対して大阪は52%なら「文楽が大衆の感覚から離れて衰退した」で説明できない。主な理由は1. 大阪の需要が減った(景気が悪いので娯楽費減?)2. 大阪公演が多い(188 vs 東京132)3. 大阪の劇場が大きい(大阪753席 vs 東京 590席)と考えるべきではないか。

例えば、この10数年で大阪のGDPは縮小している。一人当たり娯楽費も減るのはやむを得ない(大阪府、あるいは関西圏としても話は同じ)。

同じ技芸員たちが同じような演目をやっていて、東京では繁盛していて大阪では閑散としている。これで「特権意識をもっている人たちが大衆の心から離れたため文楽は衰退した」と説明するのはまったくロジカルではない。全体の仕組みの問題と考えるべきだ。

文楽事業の構造

全体像を俯瞰しよう。ネタ元は、大阪市特別参与である池末さんのメモ。よくまとまっている。

文楽に関わる主体は3つ。1. 国=日本芸術文化振興会(振興会)、2. 文楽協会、3. 技芸員(通称、文楽座)。振興会は事業規模約200億円、職員数約300人、人件費約30億円。文楽協会は職員数12人、人件費7250万円。うち3名が市府OB。文楽座は技芸員82名、収入約5億円。平均約600万円。

文楽協会と技芸員は、密接な関係にはあるが、別のグループだと理解した方がよい。近鉄グループ会長を理事長とし、事務方トップ3名は府・市のOBとする、たった12名の組織(3名が今年定年退職なので実際は9名しかいない)。3名のOBと、6名のスタッフ(うち4名は82名の技芸員たちのお世話係)で細々と、いや必死に運営している小さな所帯だ。

今はこの文楽協会が窓口となっているが、技芸員たちと必ずしも十分に連携しないまま、右往左往しているように見える。

公演の8割(東京・大阪で376回)は国が実施(演目・配役の決定と演出、劇場・舞台美術の提供)。文楽協会は残り2割(81回)の地方公演・特別公演の企画・運営と、技芸員の取りまとめ(報酬管理、その他お世話)を担当。技芸員は個人事業主の集まりに過ぎず、文楽協会と出演契約を結びギャラをもらって出演する。

興行の収支について。
・ 本公演(東京・大阪)は国が責任を持って実施。文楽協会に4億円が支払われ、これが技芸員に渡る(給料+出張費)入場料で足りない分は持ち出し(振興会の予算)
・ 地方公演は収入1億円+国の助成金3,000万円を前提として予算が組まれてトントン
・ 特別公演は収入8千万、利益1千万。

つまり、国による有形無形の支援を前提とすると、興行自体は成り立っているわけだ。

この他にかかるコストが、
・ 技芸員養成のための費用5,400万円
・ 文楽協会の運営費用8,760万円。

現状はこのコストを、国8,000万円+大阪府2,070万円+大阪市5,200万円の補助金で賄っている。問題となっているのは、この大阪市の補助金だ。

ここでポイントは「文楽座が努力を怠って入場料が減ったから大阪市の税金に頼らざるを得なくなっている」というわけではないこと。最初から国・大阪府・大阪市(当初はNHKも)が各々一定の役割を担い、資金拠出することを前提に、全体の収入・費用がマッチするように計画・運営されているわけだ。

そういう予定調和の中で、大阪市が財政難を理由に予算カットをするのであれば、国=振興会・文楽協会・技芸員の全ステイクホルダーで話し合う必要がある。人間国宝を呼びつけ「給与を開示せよ」といっても何も解決されない。「お前らが頑張っていないのが悪い」というのも筋違いである。

そもそも、入場者数+入場料が減った場合のリスクとコストを負担しているのは興行主である振興会と地方公演を実施する各劇場だ。大阪市はもともと技芸員養成と文楽協会の維持費という間接費を負担する役割を期待されている。興行について注文をつけるのであれば、演目と配役を決定し、広告宣伝を行う振興会に言って欲しい。

もし大阪市が補助金を負担せず「撤退」するのであれば、5,200万円分を入場料に上乗せして財源を確保することが考えられる。

前述したように本公演+地方公演+特別公演、全体の出演料収入が約6億円なので、不足する5,200万円を補てんするには、約8%「値上げ」をする必要がある。入場料に転嫁するなら、5,200円の席は5,600円、6,500円の席は7千円強か。なんとかなりそうな気もする(分からないが)。

橋下市長は何をしようとしているのか?

根本的な問題は、橋下市長は注文をつける相手を間違えていることだ。収入の8割を占める本公演について、演目・配役の決定/演出/広告宣伝はすべて振興会=国が責任を持って実施している。市庁舎に呼び出して公開で質疑を行うべき相手は一義的には振興会。でもこれではテレビ的に絵にならないし。話題にならないからやらない。

二義的には、残り2割の公演について責任を持っている文楽協会。しかしこれも人間国宝を筆頭とする技芸員=文楽座とは異なる。橋下市長からしてみれば、文楽協会の事務局長=市のOBを呼び出して叱責してみても、これまたテレビ的には絵にならないだろう。

そこで、人間国宝を「世の中の変化に対応せんと努力せず高給にしがみつこうとするスノビッシュな高齢者」とのカリカチュア(風刺)を試みたところ、大当たり。テレビは大喜びして報道。市長は味を占めた。

そもそも、大阪市の予算規模は一般会計+特別会計合わせ3.6兆円。文楽への補助金5千万円は約10万分の1。これだけ執拗にやるのは時間の無駄であり、政治的パフォーマンスとしか説明できない。文化人たちがこぞって反対の声を上げたのも自身を「大衆の見方」と位置づけるのには都合がよかったのだろう。

特別参与の池末氏は状況を極めて的確にとらえており、提言内容も妥当だ(但し、主たる主張相手はあくまで国=振興会であるべき)。

市長も徐々に全体像を正確に理解し、ソフトランディングに向かう様子も見せた。

本人のTweetによるとDVDで昨年夏の「杉本文楽」を鑑賞し、「これなら面白い」と称賛に声を寄せた(但し、改革派・モダンな文楽として)。文楽劇場に2回目の鑑賞に向かった際のコメントも、杉本博司の受け売りだった(最後の心中シーンがあっさりしすぎていることや、主たる人形遣いも顔を隠すべきこと)。落としどころを探ろうとしていることが伺える。

もっとも、そのためには従来から主張している公開での人間国宝との面談が必須となる。さすがの市長も80代の人間国宝を公衆の面前で叱責する真似はしないだろう。人間国宝自身も応じる意思を示した。しかし、文楽協会は公開での面会を拒否。技芸員たちも師匠が公衆の面前で侮辱されるリスクは取れない。議論は平行線。

橋下市長は究極のリアリストである。原発への対応でも見た通り、ポピュリズムを煽るだけ煽りつつも、最終的には正しい結論へ落ち着く。メール検討状況を見ても、真摯な姿勢で議論を来てきたことが分かる。市長とやり取りをした某大臣は「渡した膨大な資料を全て読み込んできた。凄い。」と称賛していた。

具体的な提案

そこで文楽ファンの私から落とし所を提案したい。

1. まず、市長は技芸員の代表だけでなく、振興会と文楽協会の代表を一堂に介して、公開の場で会談を行うことを提案する。振興会の茂木理事長が音頭を取って、文楽協会の山口理事長と文楽座代表(今だったら鶴澤清治さんか)へ協力を仰ぐ。

2. この際、市長は「人間国宝の給与を開示しろ」とか「貴方の給与を下げて若い人の給与を上げろ」といった、文楽全体の本質的な問題とは無関係の発言をしないことを約束する。

大阪市の厳しい財政事情から大阪で生まれた伝統芸能へのコミットメントを下げざるを得ないことを認めた上で、振興会と文楽協会とともに、いかにして大阪市の補助金分を補てんすべく収入を上げるかを前向きに議論する。

3. すぐに思いつくのは大阪公演の日数を減らして東京公演を増やすこと、4. 入場料を上げること(前から30列目くらいまで1等席とするのではなく、前から10列目までを1等席として値上げする、など)、5. サラリーマンが来やすいように平日公演の夜の部を18時開始にする、など。

増えた分の入場料は現状のままでは劇場=振興会にすべて行くことになるが、そうはせずにに公演収入増として文楽協会にパススルーする。

6. 振興会は広告宣伝について助言をするアドバイザリーボード(諮問委員会)を設けて、民間の有識者を招きいれる。そこには新しいネット生保のマーケティングを頑張ってきた副社長も招聘するw

7. 加えて、振興会は文楽の映像をどんどんYoutubeなどにアップしていくべきだ。これほど国民的関心が高まっているのであるから、多くの人が容易にアクセスできるようにして欲しい。

テレビ視聴者も文楽バッシングはそろそろ飽きてきたので、パフォーマンスは終わりにして、皆で一堂に介して大阪発祥の素晴らしい伝統芸能の振興について建設的な議論をすべきだ。市長のお陰で、多くの国民が「いっちょ観に行ってみるか」と思ってくれているはず。これを使わない手はない。

文楽が素晴らしいとかつまらないとか、各々の主観と感情をぶつけ合うのはもう終わりにしたい。そういう問題ではない。文楽は一定の公的な補助を必要とせざるを得ないし、国はその役割を担うと言っている。大阪市がこれまでの役割を縮小したいのもやむを得ない。これらを前提条件として、最適解を見出すことができるのでは。

実は同様の内容を、大阪市の池末レポートには既に書かれている。市長は確信犯的にこれまでの騒ぎを演出しただけだと信じたい。

なお、クラウドファンディングのReadyFor!に、文楽に対する寄付集めをできないかも照会中。もし実現したら、ぜひ読者の皆様にもご協力頂きたい。一人一人の参画によって、「独裁」に対する牽制の一石を投じることができたら素晴らしいじゃないか。「アラブの春」ならぬ、「曽根崎の春」を。

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岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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