ダイヤモンド・オンラインに「商社を支えるいまどきビジネス」という連載コーナーがあります。そこにこんなタイトルの記事がありました。
商社の農業参入で国内自給率はアップできるか 大震災を乗り切った豊通グループ 国産パプリカの可能性 :
どうお感じになりますか。商社が参入して農業を近代化させ、どんどん生産性を高め、需要のある付加価値の高い野菜をつくれば、さぞかし「食料自給率」が上がると思われますか。
正解は
「食料自給率」はまったくといっていいほどアップしない
なのです。
どれだけ美味しくて安全な野菜をどんどん育て、それで農業が活性化しても農水省が喧伝しているいわゆる食料自給率には影響しません。そんな馬鹿なとお感じの人もいらっしゃると思いますが、それが「食料自給率」なのです。
いくら「安心・安全で、新鮮なおいしい国産のパプリカ」を生産する事業がうまくいけば「食料自給率」アップにもすこしでも貢献できる、そんな誤解が事業をはじめる動機のひとつであれば、それはそれで結構なことですが。しかし実際には「食料自給率」アップには貢献しません。
内容はいい記事です。大震災によって打撃をうけた東北の農家と豊田通商の子会社である豊通食料の共同出資で農業法人をつくり、パプリカ栽培では、国内最大の栽培面積を誇る規模にまで拡大してきたことをレポートしたものです。
「もっと、みずみずしいパプリカがほしい」というひとりの顧客の声から、きっとニーズがあると確信し、「安心・安全で新鮮なおいしい国産のパプリカ」づくりを地元農家に呼びかけてはじめた事業です。これからの農業のあり方を示唆しているようにも感じます。
しかしタイトルが残念です。
農業についてわかっている人でも「食料自給率」をいかに誤解しているかです。それほど「食料自給率」は巧妙なトリックです。それが、多くの人の心に刻みこまれ、いわば洗脳されてしまっています。
「食料自給率」が4割を切った、食料の6割も海外に頼っていると聞けば、なにか不測の事態となり、食料輸入が途絶えたら、食べるものがなくなってしまって大変だと心配になってしまうのも無理がありません。そんな心理をついて農業に関心をひきよせようと思いついたのが「カロリーベースの食料自給率」という農水省の大発明なのです。
またこの「食料自給率」のトリックには、農協や農村に選挙基盤のある国会議員が乗りました。こちらも、ほんとうはわかっていてそれに乗ったと疑いたくなります。それならかなり悪質です。わかっていないとすれば、それもどうかと思います。
この「カロリーベースの食料自給率」でいえば、農業がどんどん付加価値のある、農産物を生産し、海外でもどんどん売れるようになったとしても、「食料自給率」は改善しません。カロリーによるものなので、カロリーのない野菜の生産に集中すればするほど、食料自給率は下がる可能性もあります。
なぜなら「食料自給率」問題の正体は「穀物」だからです。小麦、大豆、とうろもこし(私達がふつう食べるトウモロコシではありません)などの穀物を輸入に頼っているということです。とくにカロリーの高い動物性たんぱくである牛も豚も鶏も飼料として輸入穀物を使うので、飼料を国産化しない限り食料自給率は大きくは動きません。放牧と国産飼料を使って育てるのは、よほどこだわりのある畜産業者だけです。
カロリーベースの「食料自給率」という不思議な指標は、不安を煽るには適しています。なぜなら、自給率がもっとも低くでる計算方法だからです。だから広く浸透したのでしょう。なにか不測の事態が起こって、いざというときに食料がなくなると。
地球規模の天候不良で、大干ばつも起こってきています。また地球規模で人口爆発が起こってきていて、食料の絶対量が不足するといわれています。それは現実です。もっとも問題になるのはやはり穀物で、穀物の争奪戦となってきます。だから日本もやがて食料不足になるのではないかということはいかにもありえそうなシナリオですが、そうはなりません。
なぜなら穀物は市場取引だからです。
穀物の争奪戦になると市場を通した取引なので穀物価格は上昇しますが、結局は購買力がものをいいます。つまり経済の豊かな国は穀物を買えるけれど、貧しい国は買えないで飢餓に苦しむということになってくるのです。
人口爆発による食糧危機は、途上国問題だということです。それをどう支援するか、飢餓から救うかの問題です。日本の国内にも影響はあったとしても致命的ではありません。人口爆発地域には、いまも行なわれていますが、井戸を掘り、水を確保することと、農業生産技術供与を行なうのが正解なのでしょう。
どうしても心配だという方は、以前に書いたこちらの記事をご覧ください。日本はいざというときの食料安全保障水準が世界でもかなり高い水準の国となっています。
日本の食料安全保障水準は高いか低いか – ライブドアブログ :
市場から調達する経済力があるだけでなく、穀物以外は日本は充分に食料生産ができており、またタンパク源としては魚があります。農業生産高も大きい。主食の米はありあまるほど作れます。だから日本は食料の安全保障水準が高い国に入っています。
しかも、今は輸入している穀物が日本で生産できないわけではありません。採算があわないから生産しないだけです。麦でも、ペットボトルで私達がコンビニやスーパーで買う麦茶は国産の麦が使われていますし、おいしい枝豆も国内生産、北海道のとうもろこしもほんとうに甘くてみずみずしいですね。つまり付加価値がとれる穀物は国内でも生産されています。パンでも、うどんでも、こだわったものは、国産小麦をつかっています。
国産の穀物は付加価値の高い用途に限られています。
農業問題は、直近では穀物相場でアメリカの干ばつで穀物相場の価格が上昇してきたことですが、本質的な問題としては、食料自給率ではなく、生産者の高齢化が起こってきており、生産の担い手をどう確保するのかです。
また農業の流通の近代化や事業化を進めることも、農業の持続と、農業の活性化につながってきます。
日本の農業を輸出産業に育てることも充分に可能で期待したいところです。「安心・安全・美味しい」の3拍子がそろった作物は日本の農業の強みにできるところだからです。
TPPは日本の農業を破壊するといった懸念がありましたが、冷静になってくるにしたがって、むしろTPPは日本の農業を変えるいい動きだと肯定的にとらえる農家からの発言もでてくるようになりました。
農水省の省益のための「食料自給率」に利権がからみ、ついには農業が、日本の経済の足を引っ張るような動きまで生まれていますが、実態を知れば、ほんとうの課題は別のところにあり、こういった無駄で、有害な動きを生み出すものに予算や仕事を費やすことは一刻も早くストップさせるべきです。
そのためには、「食料自給率」のトリックをみんなが見抜くことだと思います。少なくともマスコミはもっと正しく責任のある報道を行なうことに留意してもらいたいものです。