政治的駆け引きのツケは誰が払うのか:予算執行抑制が本格化

小黒 一正

与野党の政治的駆け引きが続く中、国の一般会計予算(約92兆円)の約4割(38兆円)に及ぶ財源確保に必要な「特例公債法案」の第180回通常国会での不成立が明らかとなった。

現状のままでは、10月末に財源が枯渇する可能性が高いことから、政府は戦後初の予算執行抑制を開始するため、以下の財政法34条2項の支払承認の方針として、
先般(9月7日)の閣議にて「9月以降の一般会計予算の執行について」を決定した。



財政法34条 (略)
2  財務大臣は、国庫金、歳入及び金融の状況並びに経費の支出状況等を勘案して、適時に、支払の計画の承認に関する方針を作製し、閣議の決定を経なければならない。
3 (略)

この方針に基づき、9月から予算執行の抑制が本格化する。その抑制効果は総額5兆円とされており、抑制の対象は以下のとおりである(詳細はこちら)。

1. 政府部内:行政経費(例:庁・旅諸謝金)
2. 地方:独法運営費交付金・国立大学運営費交付金
3. 地方:地方交付税交付金・裁量的補助金
4. 民間:裁量的補助金・
5. 特会繰り入れ

同方針の参考資料では、以下の図表のとおり、この執行抑制は財源枯渇を11月末まで引き延ばす効果しかもたないと予測する(図表は同資料から抜粋)。この予測が妥当であれば、約1カ月の延命効果をもつに過ぎず、予算の執行抑制にも限界があり、近い将来に財政は行き詰まるはずである。
  
  図表:予算執行抑制の効果

アゴラ第46回(図表)

だが、政界・メディアを中心に「不思議な安心感」が漂っている。この安心感の背後にあるのは、一部報道にあるように、「執行抑制が限界に達しても、予算総則上、20兆円の枠内で財務省証券が発行可能」(※)との見通しがあるためと考えられる。

 (※ 財政法22条に基づき、平成24年度・予算総則8条では「「財政法」第7 条第3 項の規定による財務省証券及び一時借入金の最高額は、20,000,000,000 千円とする」と定めている。)

しかし、このような対応は「財政法違反」の可能性があり、やや楽観的である(注:厳密な法令解釈は内閣法制局の判断(「追記」参照)が必要)。というのは、財政法7条2項および12条は、以下のとおり定めているからである。


財政法7条 (略)
2  前項に規定する財務省証券及び一時借入金は、当該年度の歳入を以て、これを償還しなければならない。
3 (略)

同法12条  各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない。


この財政法7条の趣旨について、財政法の逐条解説である『予算と財政法』(小村武著、新日本法規)は、「本条は、国庫金の短期の資金繰りについて定めたものであり、本条による財務省証券(※原文は「大蔵省証券」)等の収入は、総て当該年度の歳入を以つて償還されるため歳入として計上されるものではない」と解説している。すなわち、財務省証券は各年度の歳入(税収・公債発行収入等)が国庫に入ってくるまでの一時的な資金繰り手段であり、歳出の財源ではないことを意味する。

また、同法12条は、各年度の経費はその年度の歳入で支弁しなければならない旨を定めており、特例公債法案の成立が不確実の状況、すなわち特例公債で調達予定の財源が見込めない状況において、その歳入の裏付けが不十分のまま、財務省証券を財源調達の手段として発行して予算執行を行うことは許容できない可能性を示すものである。

以上から、特例公債法案の成立が見込めない状況で、財務省証券の発行にも限界がある場合、予算の執行抑制が限界に達した時点で近い将来に財政は行き詰まる。その際、与野党の政治的駆け引きの最終的なツケを払うのは「国民」にほかならない。国家財政を「人質」に政争を行うことは避け、建設的な政策論争を期待したい。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)

追記
内閣法制局の判断との関係では、以下の「質問主意書」に対する「答弁書」(閣議決定)が参考となる。これは内閣法制局も認めて閣議決定したものであり、「財務省証券は資金繰り債で、財源となる歳入債ではない」という法制度の立てつけを確認している。


第177回国会(常会)・質問主意書
質問第一二号

予算と法律との不一致に関する質問主意書
右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。
  平成二十三年一月二十四日

林   芳  正   
宮 沢 洋 一   

       参議院議長 西 岡 武 夫 殿

   予算と法律との不一致に関する質問主意書

 予算と法律との不一致が生じた場合の政府の見解について、以下のとおり質問する。

一 (略)
二 予算は成立しているが、歳入予算に関連する公債発行の根拠法が成立していない場合、予算は執行できるのか。施行できるとした場合、その執行にはどのような制約があるのか。
三-四 (略)
  右質問する。

第177回国会(常会)・答弁書
答弁書第一二号

内閣参質一七七第一二号
  平成二十三年二月一日

内閣総理大臣 菅   直  人   

       参議院議長 西 岡 武 夫 殿

参議院議員林芳正君外一名提出予算と法律との不一致に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

 参議院議員林芳正君外一名提出予算と法律との不一致に関する質問に対する答弁書

一から三までについて
 予算は成立しているが、歳入予算に関連する税制改正や公債発行に係る法案があり、かつ、それらが成立しない場合には、当該法案に基づく新たな歳入としては、見込むことができず、予算の執行は、既存の法律に基づく税収や建設公債の発行収入金等の範囲内でしか行えないこととなる。
四について (略)