量的緩和の本質とバーナンキの真意

小幡 績

FOMCが開かれ、量的緩和を拡大することが決定された。

これをQE3, 量的緩和第三弾と呼ぶかどうかは議論があるが(第二弾の延長に過ぎないという考え方もある)、いずれにせよ、FEDは資産買い入れを拡大することを決定した。

米国FEDの量的緩和および量的緩和拡大に、私は反対だが、彼らの量的緩和としては、今回の措置の内容は理にかなっており、理解できる。

それは国債を買い入れせずに、MBSの買い入れを拡大するとしたことだ。

量的緩和は、なぜ金融緩和効果があるのか。

当然のように思われているが、それは当然ではない。


日銀が2001年に行った量的緩和と米国FEDの量的緩和はまったく異なるものだ、というのは前に議論したが、FEDの量的緩和とは、要は、金融資産をFEDが購入して、その資産価格を上げる、ということだ。

ここで、資産を買うとなぜ金融緩和になるのか。その緩和が景気改善、失業減少につながるのか、ということが問題になる。

長期国債を買うことにより、長期国債の価格が上がれば、長期金利の低下を意味するから、金利引き下げをもたらす。通常の金融緩和では直接コントロールするのは短期金利で、それが長期金利にも波及することを期待するが、長期国債の価格上昇をターゲットとすれば、直接長期金利をコントロールすることができるから、より強力な金融緩和となる。

それなら、量的緩和はゼロ金利という特別な環境に限って行うのでなく、普段からやればいいのではないか、という印象を持つかもしれないが、通常行わないのには理由がある。

長期国債にせよ、MBS(公的部門に近い住宅関連組織が住宅ローンを担保としてそのキャッシュフローを証券化したもの)にせよ、そして株式にせよ、それらの資産を買うことにより、価格を上げるというのは、市場の機能を根本から否定することである。中央銀行が金融市場の証券の価格をコントロールするのであれば、市場は要らない。単なる、中央銀行の行動を予測し、それによって生じる価格変化を源泉とする投機場、賭場になってしまうからだ。

だから、通常は、金融市場には介入せず、中央銀行と商業銀行だけが直接には影響を受ける短期金融市場においてのみ、金利を上げ下げするのだ。

ただ、実体経済が金融市場から影響を受けるのは、長期金利の水準によって、投資が変化することが一番大きいから、長期金利に直接働きかけるのは最も効果的だから、いわば劇薬的な政策なのだ。

しかし、一番の問題は、国債を買い入れるとなぜ国債が値上がりするのか、という問題だ。

これは当然と思われているがそうではない。

証券価格は需給で決まるのではなく、その資産のリスクの本質で決まるのだ。

しかし、中央銀行は影響力が大きすぎ、しかも誰もがその動きを考慮に入れるので、もし、追随方向に行くのであれば、中央銀行が買えば、その流れに投資家も乗るから、買いが加速する。買いが膨らめば、その証券価格は上がる。これは現代ファイナンスでは成り立たないが、行動ファイナンスではこれが本質である。だから、バーナンキも行動ファイナンスサイドにいるともいえるのだが、買い入れが価格上昇をもたらすことを前提に政策が打ち出されていることが重要だ。

ここがひとつの大前提。市場の機能をゆがめても、中央銀行が資産価格に影響を与えるのだ、と言うスタンス。こうなったらもう後戻りは出来ない。

第二に、資産価格が上昇すると、なぜ実体経済がよくなり、雇用が増えるのか、と言う問題だ。

金融政策の場合は、金利の低下により実物投資を促すことが狙いだ。だから、国債の購入で国債価格が上昇すれば、それは実質金利の低下を意味するから、収益率が低い実物投資でも、国債を買って利子をもらうよりも得になる。だから実物投資が増え、その結果、実体経済も拡大し、それにつれて雇用も増えるということだ。

それならば、何の疑問もないから議論することないではないか、と言われるだろうが、そうではない。国債金利が低下し、資金が代替的な投資へ向かうのはまず自明ではない。

これはいみじくもバーナンキが先月のジャクソンホールの講演で述べたことだ。ポートフォリオ効果で、特定の資産への需要はほかへは代替需要として全部流れるわけではないから、資産購入は金利の低下をもたらしうる、ということを述べている。

つまり、国債の金利が低下すれば、その国債の価格上昇のモーメンタムに乗ろうと投資家がするだけに終わる可能性もある。

これが欧州で起きたことだ。

欧州の投資家はリスクをとると言っても、利回りの高い、リスクの高い国の国債を買っただけで、実物投資へ向かわなかった。だから、国債バブルが起きた。

米国は国債バブル、金バブル、資源バブル、商品バブル、そして株式バブルが起きるだけになっている。だから、欧州よりは米国の経済の方が幅も深みもあるから、ほかの資産へ波及効果が生まれた。しかし、それは金融投資に限られたから、同じ問題が生じているのだ。

つまり、国債の長期金利が低下しても、それは金融証券投資を促すだけで、実体経済におけるリスクテイク、実物投資には向かわないということだ。

これでは効果がない。

雇用は増えない。

実は、これをバーナンキは半分は理解しており、だから、今回は国債を買わずに、MBSに集中して買ったのだ。

MBSを買えば、MBSは値上がりする。しかし、国債の値上がりにはつながらない。

実はここが今回の一番のポイントだ。

誰もわかっていない。

MBSは多少のリスクプレミアムがあり、国債とまったく同一ではない。だから、MBSをFEDが大量に買って、価格が上がり、利回りが低下しても、このリスクプレミアムが下がることになり、国債金利の低下にはつながらない。だから、効果があるのであり、同時に国債価格が値上がりすることによる資産効果はないのだ。

国債金利の低下は、幅広くほか資産に波及する。だから、投資家は喜ぶ。これまでの投資が儲けになるし、そして、それに乗りバブルでさらに儲ける。しかし、MBSに限定されていれば、MBSの投資家だけが儲かり、ほかへの波及効果はない。これが狙いなのだ。

幅広い資産効果による消費喚起(つまり一般的なリスク資産価格上昇により資産か増えた投資家が消費にカネを回す)もプラスではあるが、バーナンキの一義的な狙いはそこにはない。資産市場がどう反応しようと、MBSは実体経済に影響を確実に与えるからだ。

資産バブルで雇用が増えるのは自明ではない。また、現在の失業が構造的な部分もあることから、消費の増加による雇用増加はそれほど期待できない。だからこそ、直接的な雇用増加を狙いたい。それは日本では公共事業による土木作業員の雇用増加であり、米国では住宅投資の増加による住宅建設による雇用増加なのだ。

MBSなら住宅ローン金利が下がる。借り入れが増える。新規建設により雇用が増える。米国では住宅産業は裾野が広く、波及効果が大きいとされている。そして何より、手作業だから、人手がいる。雇用増加効果が直接的だ。だからMBSなのである。

もちろん、金利低下で借り換えも起こる。それにより、借金の実質額が減り、消費も拡大するかもしれない。これがリーマンショック前の住宅バブルの構造だったが(住宅の価値が上がり、さらにローンを組んだり、資産効果があったりで消費が増える)、今はそれほど効果は大きくない。

さらに、バーナンキが一番懸念しているのはMBS金利が低下しても、住宅ローンの供与自体は増えないのではないか、というものだ。つまり、金利が低くなっても、住宅ローンの貸し手がリスクを懸念して相対的に貧しい層に貸さない、住宅価格の下落による貸し倒れも懸念して貸さない、ということが問題だ。また同時に、借り手も、前回のバブルで懲りて、借りられるようになっても借りない、ということだ。

だから、オバマ政権が唯一効果を上げた経済政策は住宅ローンを貸しやすくしたものだったのだ。

また住宅価格の流れも重要で、価格が底を打ったとなれば、個人も買いに動くし、貸し手も値下がりによる貸し倒れを心配しないですむため、融資を拡大する。

だから、バーナンキは国債ではなく、MBSなのだ。

今日、これに反応して、国債価格は一時は失望して値下がりした。

しかし、結局は、量的緩和を実行したというファクト自体が相場のムードを変え、株式とともに、国債も結局値上がりした。

だから、ある意味、市場は間違っている。

バーナンキの量的緩和は、資産価格の上昇を直接は狙わない。

今は投資家と同床異夢だが、いつか、裏切られたと騒ぐときが来るかもしれない。

その意味で、今回の決定は、バーナンキは投資家に結果的に取り込まれているものの、意図としては、まっとうな路線を追求していることを示している。