肩書きの耐えられない軽さ

2012年10月12日 10:07

跡部徹さんのエントリー「職業は、自分で作っていいんだよ」を拝読した。TLでたまたま見かけたが、イケダハヤトという人が「自分で肩書きを作ってしまおう」というエントリーで絶賛していた。

実に複雑な心境になった。既存の枠にとらわれない職業をつくるという点は同意だが、ソーシャルメディア上で跳梁跋扈している意識の高い人たちwを見ていると、肩書きをつくるのが目的化し、ごっこ遊びと化していると感じるからだ。


「イケダハヤト批判、キター」と思うだろうが、今回はちょっと違う。そもそも、肩書きというものは悩ましいのだ。

サラリーマンの名刺に書かれている肩書きは「社名」「部署名」「役職(職種)名」「名前」となっているわけだが、これらの構成要素について、しっくり来ないと感じている人は多いはずだ。特に部署名、役職(職種)名というものが悩ましい。これは自分たちだけの論理では決まらない。自分たちが納得するのかということと、相手に理解してもらえるかどうか、期待してもらえるかどうかという点があるからである。

実は、私はこの「肩書き」をどうするかについて、サラリーマン時代に大激論したことがある。リクルート(当時)に勤めていた頃に、トヨタ自動車との合弁会社の立ちあげに関わったことがあるのだが、その際、社内において「肩書き」が大きな問題になっていたのだ。

どういうことか。それは、「営業」という職種をめぐるものである。「営業」というと、世間では「商品・サービスを提案し、売上をあげる人」として認知されているかと思う(あくまで一般的な見解を紹介していることをお含みおき頂きたい)。しかし、同社での「営業」は、「売る」ということについては完全プル型で、こちらからゴリゴリと新規開拓をすることはなかったし、仕事のほとんども顧客との調整やプロジェクトの進捗管理が中心だった。だから、「プロジェクト・コーディネーター」などの名前の方が適切ではないかという話になった。とはいえ、「売る」という行為に関わっているのは事実である。また、横文字の名前にしたところで、顧客が理解できないということもあるわけだ。「肩書き」というものは、自分たちだけの都合では決められないものである。

そもそも、「営業」という仕事の含む意味は実に多様である。営業先、扱う商品・サービスと単価、新規顧客開拓か既存顧客への提案が中心かによっても違う。逆に言うと、様々な仕事を「営業」という言葉で表現できているとも言える。

部署名や職種名ではなく、「役職名」というのもしっくり来ない人がいるだろう。というのも、釈迦に説法ではあるが、人事制度上、役職は上ではないが、上司たちよりよっぽど大きな仕事をしている人もいるからだ。逆に管理職の肩書きがあっても、マネジメント責任を持っていない人、そもそも働いていない人だっているわけだ。

さて、お二人のエントリーの話に戻るが、冒頭に書いたとおりなのだが、私は新しい職業を創ることは大賛成である。現に5年前、10年前になかった仕事はたくさんある。ただ、「新しい職業」というのと「新しい肩書き」というのもまた違う。最近のソーシャルメディア上の肩書きなどを見ると、「ごっこ遊び」と化している感さえある。

ちなみに、以前、ひっくり返りそうになったのは「コミュニケーションスペシャリスト」という肩書きだった。よくよく読めば、要するにコールセンターのスーパーバイザーをしている人だった。「お前、スーパーバイザーだろ」と、藤波辰爾の「お前、平田だろう」風に叫んでしまいそうになった。必死にこらえて、今日に至る。新しい肩書きというのは、強い意思も感じるが、何かこう、ごっこ遊び的で痛いものなのである。

それこそ、「ハイパーメディアクリエイター」なんて、今、口に出したら、香ばしすぎて、思わずリステリンを口に含みたくなるではないか。まあ、その肩書きを名乗ることで、自分を鼓舞する効用があることは間違いないが。

そんな私も以前は「就職ジャーナリスト」なる肩書きを名乗っていた(名乗らされていた?)ことがあった。いま思うと恥ずかしい。生きていてすみませんというレベルだ。まあ、分かりやすさ、違いを打ち出そうということなのだけど。今では二度と名乗りたくないのだが、周りがそう表記したがるのでそう書くことはいまだにある。

「名乗らされる」という部分も考慮しておきたい。以前から古市憲寿氏が「社会学者」と名乗っているのをみて、希望難民だらけの大学院生活を送っている身として、彼と同じくらいに研究している人が一院生として生活している中、彼が名乗るのはどうよと思ったのだが、どうやら出版社などに名乗らされている様子だ。

結局、周りがどう思うか、納得するかどうか、わかりやすいかどうかという問題だろう。イケダハヤトという人はプロブロガーを名乗っているらしいが、こういう香ばしい肩書きを名乗るのは突き詰めると彼の勝手で、周りが納得するかどうかが問題だろう。個人的にはブロガー自体にはプロもアマもなく、そもそもの職業や分野においてレベル感が存在するだけだと思うのだが。というか、彼よりも明らかにPVを稼いでおり、金も稼いでいる人はなぜプロブロガーを名乗らないのだろう。同じ池田でも信夫先生の方がすでにプロブロガーである。

跡部徹さんの仕事についても、突き詰めるとコンサルタントであり、それは内容的にも表記的にも明らかだ。

新しい価値の創造がやたらと話題になるわけだが、この手のものは「不」から始まるものである。不自由、不満、不公平などである。それはまったく新しく生まれることもあれば、既存の延長上から生まれることもあるわけで。

というわけで、新しい職業をつくることは同意だが、新しい肩書きを考えている暇があったら、まず働けということなのだ。

さぁ、今日も3コマ教えて、原稿を1万字書くぞ。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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