現代ビジネスに塩崎さんが書いていることは、池田さんが言うほど、論理的におかしいことだとは思いません。ただ、政府自身がやるべきことも日銀の使命であるかのように読めるように書いているので、変な感じになっているのだと思います。
自然利子率の定義は、いろいろありますが、単純には「自然水準のGDPの下で貯蓄と投資を等しくする実質金利の水準」だと理解しておけばいいと思います。塩崎さんが「財市場の均衡金利」と言い換えているのも、こうした理解に従ったものだと考えられます。貯蓄はオイラー方程式を満たすように決まるというミクロ的基礎から解いていけば、結局、自然利子率は池田さんが書いているような値になるとみなせます。
それで、現実の実質金利が自然利子率に等しければ、現実の実質GDPも自然水準(潜在GDP)に等しくなります。これに対して、現状がデフレ(現実の実質GDP<潜在GDP)だということは、
になっているということになります。これを是正する(デフレ脱却のため)には、左辺の値を下げるか、右辺の値を上げるしかありません。現実の実質金利は、現実の名目金利から予想インフレ率を差し引いたものですから、現実の名目金利を政策金利と読み替えると、論理的には、
「政策金利を下げる」か「予想(期待)物価上昇率を上げる」か「自然利子率を上げる」かのいずれかの政策、もしくはそうした政策の組み合わせをとるしかないことになります。
問題は、この部分について塩崎さんが「日銀のやるべき事は、」と書いていることです。「政策金利を下げる」ことは日銀ができることですが、すでに実際上ゼロにまで下げてしまっている。これに対して、「自然利子率を上げる」のは構造政策の課題ですから、日銀というよりは第一義的には政府の役割です。この課題は、塩崎さん自身が書かれているように、
要は、産業構造問題であり、競争力問題であり、そしてその根っこにある教育や規制、企業統治システムなどから来ている複合危機であり、根本解決は並大抵ではない。
この点の解決に関しては、政府の方により重い責務があるのに、そして塩崎さんの議論でも最初は「政府と日銀が政策協調して量的緩和に取り組んで行く」という主張だったのに、「政府と日銀のやるべき事は、」と書かないで、政府の方は棚上げになってしまって、「日銀のやるべき事は、」としか書かれていないので、議論がおかしくなってしまっている。
他者に責任転嫁することなく、「自然利子率を上げる」ことにつながる成長戦略を推進することは第一義的には政府の責任であることを明確にすべきだと考えます。
一方、財市場の均衡金利を上げるには、生産性向上、企業再編、雇用促進等への融資優遇制度や、財政面でもこれまでやったことのない「非伝統的」な産業構造転換、競争力強化策を集中導入していくしかない。だって、これは明らかに政府の仕事であって、日銀の仕事ではないでしょう。
なお、さらなる問題は、「予想(期待)物価上昇率を上げる」ことは誰の課題かということです。塩崎さんは、議論の余地なく、日銀の課題だとみなしているようで、しかも量的緩和の強化やインフレ目標の設定でそれが実現可能だと考えているようです。しかし、この点はそんなに自明の話だとは、私は考えません。
以前に「予想と実績の区別」という記事で書いたように、予想インフレ率の引き上げにつながる消費者や企業のコンフィデンスを改善させるために、「政策の不実性」を削減することが必要で、それは政府がしっかりとした経済運営をするということでしか果たせません。また、「真っ当な議論をしよう」という記事で書いたように、量的緩和の強化やインフレ目標の設定くらいで予想インフレ率を引き上げられるなら、誰も苦労しないし、クルーグマンの1998年の論文以来の議論も必要ではなかったはずだと私は考えています。
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池尾 和人@kazikeo