現実から程遠い「革新的エネルギー・環境戦略」- 原発ゼロの夢想

アゴラ編集部

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小野章昌
エネルギーコンサルタント

政府エネルギー・環境会議から9月14日に発表された「革新的エネルギー・環境戦略」は「2030年代に原子力発電ゼロ」を目指すものであるが、その中味は矛盾に満ちた、現実からかけ離れたものであり、国家のエネルギー計画と呼ぶには余りに未熟である。


1・これは「グリーンエネルギー革命」ではない

計画の第1の柱は「原発に依存しない社会の一日も早い実現」で、2030年代原発稼働ゼロを可能とするようあらゆる政策資源を投入するというものであるが、その実現の中心となる手段が第2の柱である「グリーンエネルギー革命の実現」である。

しかし実際に提案されている計画の中味は2010年比で原子力発電を2900億キロワット時減少させる代わりに再生可能エネルギーを1900億キロワット時増加させる計画である。不足分の1000億キロワット時は本来なら同じ基幹電源である火力発電で埋めざるを得ないが、そのようには言っていない。電力消費を1100億キロワット時減少させることで辻褄を合わせているのである。この可否については下記3項において検証する。

問題は再生可能エネルギー発電の割合を2010年の10%から2030年に30%まで伸ばしても、残る70%は火力発電で賄わざるを得ない。つまり2010年に63%であった火力発電の割合が70%に拡大するのである。

これは発電原単位(キロワット時)当たりのCO2発生量の増加を意味しており、電気を使えば使うほどCO2発生量は増えて行く。政府が主張するCO2を出さず、原発に依存しない社会をつくるという「グリーンエネルギー革命」とは真逆のものである。

2・太陽光・風力発電を16倍にすることはできるか?

太陽光・風力による発電量を現在の16倍に相当する1330億キロワット時まで増やす計画である。発電容量で見ると太陽光は6300万キロワット、風力は3500万キロワット、合わせてほぼ1億キロワットという膨大な量に増やすことになっている。これは現在の10電力会社の発電容量のほぼ半分に相当するものである。(注・発電容量とは最大限の発電能力の意味。自然エネルギーの実際の発電能力は場所と条件で違うが太陽光、風力とも10%台が多く、既存のエネルギー源に比べて低い。)

このような巨大な発電設備を誰が投資して建設できるのであろうか? 稼働率が低い太陽光・風力発電では事業者の売上高も少なく、利益も上がらない。欧州の例に見るように、固定価格買取制度が終われば投資が止まってしまうであろう。

政府計画は耐震上設置可能なすべての戸建の屋根に太陽電池を載せることになっている。しかしそれでも不足し、メガソーラーにも大きく依存する計画である。全戸の屋根に設置することを法律で強制できるであろうか? 平地が少なく、土地代の高い我が国でメガソーラーの建設が継続して進むであろうか?    
風力発電では現在の送電系統網で技術的に受け入れ可能な量は1000万キロワットまでという経済産業省委託調査結果もある。新たな送電線の建設には巨額の資金を要するが、風力発電事業者が容易に負担できる金額ではない。果たして誰が負担するのであろうか?

ドイツにおける消費者の超過料金負担が2013年には5.3円/キロワット時になる。これは標準家庭の超過負担額が年間2万円近くになることを意味している。しかも将来20年間にわたって消費者が負担し続けなければならないものである。我が国でも同じような現象が生じると考えられるが、国民は受け入れることができるであろうか?

3・エネルギー最終消費20%減と電力消費10%減は両立しない

2030年までに(2010年比で)エネルギー最終消費量を20%削減することと電力消費量を10%削減することが大前提に置かれている。エネルギー消費の効率を上げて石油やガスなどの消費量を削減するのがいわゆる「省エネ」であるが、その中心となるのはエネルギー転換すなわち電化である。

自動車のエネルギー源をガソリンから電気に変えれば効率の良さからエネルギー消費量は半分以下になる。給湯をガスから電動ヒートポンプに変えれば、空気中や地中の熱を利用することができ、エネルギー消費量を半分以下にできる。このように電化が省エネの中心的役割を果たすため、電力消費はむしろ増えて行くことが考えられる。英国の気象変動委員会では同じ期間に電力消費は40%近く増える予想をしている。

また我が国のこれまでの電力消費量がGDP成長率とほぼ同じ割合で伸びてきた相関関係を考えれば、これを一気に逆転させて、経済成長を期待しながらなおかつ電力消費を下げて行くのは至難の業と言えよう。
                
4・「エネルギーの安定供給」はむしろ悪化する

計画の第3の柱は「エネルギーの安定供給」である。しかし実際の中味はこれと相反する内容となっている。太陽光や風力発電は必要な時にあるとは限らない電源である。ドイツの倫理委員会や政府系研究機関DENAのレポートでも「安定電源としてカウントできる発電容量の割合は風力発電で5~7%、太陽光発電で0%」とされている。

つまりほぼ100%に近い別電源によるバックアップが必要になるものである。風力発電のような不安定電源が増えすぎると、需要の少ない夜間などに発電量が需要量を上回る現象がたびたび生じて、バックアップ電源の調整能力不足が生じて電力系統網が不安定になり、停電の心配が増すことになる。

今回の政府計画では火力発電の過半をLNG(液化天然ガス)に頼るものであり、さらにコジェネ(熱電併給)による発電割合を現在の3%から15%へ拡大する計画となっていて、これも燃料は天然ガス(LNG)に頼ることになる。さらに加えて都市ガス原料の主力がLNGであることを考えると、我が国のエネルギー源はLNG一本かぶりとなり、供給セキュリティーは非常に脆弱となろう。

LNGはマイナス162℃という超低温で輸送・貯蔵する必要があり、備蓄は平均してわずか2週間分と言われている。供給基地、輸送路、受け入れ基地のいずれかで異変が生じたときに受ける影響は甚大なものがあろう。

5・「低廉で安定的な電力供給」とは正反対の計画

「グリーンエネルギー拡大」と「分散型システム」によって低廉で安定的な電力供給を実現するとある。既存の原子力発電所の運転を継続できれば追加の投資はほとんどなくて済ますことができる。それなのに政府計画では再生可能エネルギー設備に38兆円、コジェネ設備に6兆円の追加投資を行い、さらに84兆円を投じて省エネを行うことになっている。

130兆円という巨額の投資を民間であれ、政府であれ負担する能力があるのかが先ず問われよう。太陽光・風力発電のコストは高いものであり、ドイツやデンマークの例に見られるとおり、再生可能エネルギー拡大によって電力価格はむしろ高くなって行くことが考えられる。

分散型システムの経済性についても検証が行われていない。我が国の電力事業の歴史を振り返ると、800か所以上あった水力発電による分散型システムから現在の集中型供給システムに徐々に移行してきた経緯がある。これは経済合理性によるものであろう。分散型にふたたび逆行させることが果たして市場経済の下で可能であろうか?

分散型システムの経済性が集中型システムの経済性よりも優れているという保証は全くないであろう。風力・太陽光などの電源を分散型システムに導入した場合には、変動する需要と変動する供給を同時に調整することになるので、その需給調整と電力の質の維持は各段に難しくなるであろう。

6・地球温暖化対策になるか?

政府試算では温室効果ガスを2020年で5~9%、2030年で20%(いずれも1990年比)削減する計画となっている。しかしこれは前述のように電源構成で火力発電が増えることから発電分野ではむしろCO2排出量が増加することが考えられる。したがってこの目標はもっぱら最終エネルギー消費量の削減に依存するシナリオと言えよう。住宅断熱化、高性能給湯器普及などの省エネ対策が思い通りに進まない場合、それは直ちに目標の未達成につながることになろう。経済成長に伴って最終エネルギー消費が減らない場合も同様である。

しかし一番の問題は2030年以降の見通しであろう。前述のように火力発電によるバックアップを欠かせない太陽光・風力発電がさらに伸びるとは想定し難いからである。ドイツ・エネルギー機関(DENA)の試算では2050年にドイツで風力・太陽光主体のシステムを作る場合には、ピーク需要の2倍を優に越える風力・太陽光発電設備と1倍の安定電源(火力発電)設備を設け、さらに1万2900kmの新規送電線を建設する必要があるという。

これは三重投資がどうしても避けられないことを意味している。このような経済的負担に耐えられる国はおそらくないであろう。我が国では、2010年の政府長期エネルギー計画で考えられていたように、原子力発電による大幅な助けを借りなければ温暖化対策は前に進まない状況が予想される。

7・海外からの「安定的かつ安価」な化石燃料の確保は可能か?

基幹電源である原子力発電の代わりは変動電源である風力・太陽光発電では務まらない。したがって火力発電が代替役を務めることになろう。火力発電の増加は化石燃料の輸入増加に直結する。貿易収支を悪化させ、国力を消耗させることになろう。国内に原子力発電のようなバーゲニングパワーを持たない国は足元を見られて高い価格での購入を強いられる公算が強い。

また世界の原油生産状況などへの考慮が全く欠けている。下記の図は昨年オーストラリア政府が作成した世界の長期原油生産見通しであるが、深海やカナダのオイルサンド、米国のシェールオイルなどの非在来型資源からの生産を含めても、世界の原油生産量は2017年ごろにピークを打ち、2050年にはピークの半分程度、2100年には15%程度にまで低下することが予想されている。

一旦生産ピークを過ぎると、石油価格の上昇は想像が付かないものとなろう。天然ガスも資源の発見ピークが石油に遅れること10年であったことから、ほぼ10年遅れで生産ピークが来てもおかしくないと言えよう。

このように化石燃料確保の困難さやエネルギー・セキュリティーの重要性に対する考慮が大変希薄なのが今回の革新的エネルギー・環境戦略と言えるのではなかろうか。一番問題視されるところである。

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8・終わりに

政府計画の批判に終止していては建設的ではない。原子力発電は我が国に欠かせないエネルギー源と考えるが、国民の理解を得るには福島事故に対する政府と事業者による真摯な反省とそれに基づく発電プラントの徹底的な安全性の向上、さらには国会や学会による継続的な監視のシステムを作り上げることが欠かせないと考える。

原子力・エネルギー関係者は、国民、立地・消費地自治体、さらには世界の間で、日本の原子力の信頼を築き上げるために、長年かけて努力を重ねてきた。それが東電の福島原発事故によって一挙に失墜したのは、誠に痛恨の極みである。これを回復する為には、行政、事業者そして学術界が責任と役割を明確にした地道で周到な行動を興すことが必要であり、それによってしか将来に亘ってのわが国のエネルギー安全保障は成立しないという覚悟を持たなければならない。

小野章昌 (おの・あきまさ) 1939年愛知県生まれ。1962年東京大学工学部鉱山学科卒。同年三井物産入社
1964-65年米コロラド鉱山大学(修士課程)に短期留学。三井物産では主として銅・亜鉛などの資源開発とウランを含む原子燃料サイクルビジネス全般に従事。同社原子力燃料部長を務め退社後、現在はエネルギー問題のコンサルタントとして活動している。