これは当然だ。
量的緩和を行わざるを得ない状況とは、ゼロ金利状態ということである。金利は極限まで下がっている。
ゼロ金利のとき、銀行など金融機関、幅広く言えば投資家には手元の資金を活用するには、二つの選択肢がある。
実物市場に投資するか証券市場に投資するかだ。
実物市場とは、企業に融資するなどして、その資金が設備投資などに回るということだ。設備投資は機械でなくともよく、要は、実物市場での需要をもたらすということだ。その結果、雇用を増やし、所得が増え、それが消費に回り、景気が良くなる。
証券市場は、もちろん、国債や株式などの金融商品市場で、これに投資するということだ。投資と言うが、要は買うということだ。金融商品には穀物や資源などのいわうる商品も含まれるようになったのがこの10年の特徴だ。
さて、ゼロ金利ということは調達金利がゼロ、金融機関や投資家は、コストゼロ(それに近いコストで)で資金を借りられると言うことだ。これをそのまま日本国債10年ものにまわせば0.8%の金利がつき、株式を買えば、配当利回り2%が得られる。これは確実に儲かる。ただし、国債や株式が値下がりしないことが必要だ。
一方、実物市場に銀行が融資する場合にはどうなるか。ゼロ金利で資金が調達しても、証券市場で金融商品を買うだけとは異なって、融資には審査が必要だし、そのための事務コスト、人件費が必要だ。目利きをして、悪意の借り手を排除しなくてはいけないし、最低限の質の審査も必要だ。さらに、モラルハザードのリスクもあるから、貸した後の監視、監視が大げさなら、定期的にウォッチすることが必要だ。
これらには一定のコストがかかる。リスクもある。だから、ゼロ金利で調達しても0.5%で貸すわけにはいかない。1%でも足りないし、どんなに低くても2%から3%は必要なところだ。
低金利は長期に継続しているから、優良な住宅ローンも優良企業にもとことん貸しつくしているから、ある程度リスクのあるところしか残っていない。そうなると、2%でも難しくなる。まともにビジネスとして成り立たせるためには例えば4%などの金利が必要になる。
しかし、それでは誰も借りてくれない。優良企業は資金調達は直接市場で調達できるようになっているから、ますます銀行の基盤は減る。
このような状況で、量的緩和をするとどうなるか。
量的緩和(現在の量的緩和、日銀の量的緩和のオリジナルは異なる)とは、金融商品を中央銀行が買うということである。
だから、証券市場で金融商品の価格は上昇する。
それだけのことなのだ。
いやそれだけではない。金融商品は値上がりするから、今後量的緩和が進むと考えられれば、金融機関や投資家は資金を証券市場の金融商品に回す。ますます、金融商品の利回りは低下する。それでも、投資資金が回ってくるから値上がりによるキャピタルゲインも狙える。少なくとも値下がりリスクが減る。だから、金融市場へは中央銀行の資金だけでなく、金融機関や投資家たちの資金も流入する。だから、株も債券も値上がりし、長期金利やリスクプレミアムは低下する。
すると、実物市場へ融資するのは、金融商品投資との比較で、相対的にさらに不利になる。金利が下がっても、融資金利は下げられない、実物市場での実物投資の利回りが上昇するわけでもないから、企業ですら、実物投資をやめて証券投資、金融商品投資あるいはそれに近い投資に移る。
だから実需は全く増えない。
したがって、量的緩和をすればするほど、金融市場は値上がりし、実物市場のフロー、実需は減り、実体経済の景気は悪くなる。
これは、奇異に聞こえるとすれば、勉強が足りない。
これがケインズの一般理論のエッセンスであり、流動性のわな(流動性選好)の本質なのである。
だから、金融政策ではなく、財政政策による実需の喚起が必要なのであり、直接、実体経済の需要を生み出し、失業を減らし、所得を増やさないといけないのだ。
バーナンキもだからこそ国債ではなく、MBSを買い、金融商品を買ったとしても、それが実需を生み出すようなものに絞ってやっている。日銀の成長基盤融資も、今回の企業融資をする金融機関への日銀の無限資金供給も、同じく実需への資金の流れを促そうとする苦肉の策なのだ。
二つ、証券市場の高騰が実需をもたらすルートが教科書には存在する。
一つは、企業が直接証券市場で資金調達できるコストが下がるということだ。これはいいことである可能性はあるが、実需は海外投資へ向かうだろう。M&Aであっても設備投資であっても。証券市場の恩恵を受ける企業は成功している大企業で、彼らは海外市場で利益を伸ばしているから、実需は海外へ流れるだろう。だから内需も雇用も増えない。
もう一つは、資産市場の高騰によるいわゆる資産効果で消費の増大がもたらされるルートだ。その効果が唯一、量的緩和が実体経済に関係することだろう。ミニバブルによる、資産格差の拡大による、わずかなおこぼれ景気だ。
2008年までの日本国内のミニ不動産バブルで、六本木界隈の飲食店、若手企業家や不動産関係者などによる軽井沢需要は増えたかもしれないが、経済全体に幅広く恩恵が及ぶということはなかった。
これをプラスと考えるかマイナスと考えるかは価値観の問題もあるが、格差は確実に広がる。景気の効果はマイナスではないが全体では限りなくゼロに近い。
だから、量的緩和は、日本全体への景気には明らかにマイナスなのである。