「TPP解散」で総選挙はおもしろくなる

池田 信夫


きのうの党首討論は、久々におもしろかった。野田首相がいきなり「16日に解散する」といったのに対して、安倍総裁は意表を突かれて「16日に選挙するのか」と言い間違え、「ポピュリストだ」とトンチンカンな反論をしていた。改革への強い決意を見せる野田氏の迫力に対して、「全野党の合意」を理由にして定数削減の先延ばしをはかる安倍氏のほうが(悪い意味で)保守的に見えた。


民主党政権の3年間の成績は学生なら「不可」だが、野田首相には「可」ぐらい出せる。政治的に困難な増税を実施し、原発を再稼働し、ねじれ国会も乗り切った。党内に分裂を抱える民主党で、ここまで指導力を発揮した力量は大したものだ。茂木健一郎氏もいうように、日本のようなコンセンサス社会で結果を出せるのは、こういう「家康型リーダー」なのかもしれない。

家康は人気がないが、政治的には天才だった。100年以上にわたる戦国時代に終止符を打ち、長期の平和の礎を築いた彼の基本戦略は分割統治である。タコツボ型で統一がとれない国家の欠陥を逆手にとって300の藩に分割し、身分を固定して、互いに争えないように「凍結」したのだ。この不安定な均衡が260年も続いたのは、それが日本古来の「閉じた社会」のエートスと同期したからだろう。

しかし開国は戦国時代の下克上のエートスを「解凍」し、予想外の大きな変化をもたらした。日本型システムは山本七平もいうように「外骨格」で、外の変化を遮断することによって内部の秩序を維持しているので、内部の攪乱には強いが外圧には弱いのだ。

TPPは貿易協定としては大した意味がないが、農協の既得権を守る政治家をあぶり出す踏み絵としては役に立つ。2005年の解散で小泉首相が問いかけた郵政民営化も大した問題ではなかったが、踏み絵としては役に立った。野田氏が今回の解散を「TPP解散」と位置づけ、反TPP=反原発=反増税の万年野党グループをたたき出し、民主党を自由主義の党として純化すれば、いったん下野しても再建できるかもしれない。

『「日本史」の終わり』でも論じたように、「長い徳川時代」を脱却する闘いは、まだ始まったばかりである。野田首相は、少なくとも闘いの相手を正しく見きわめているようにみえる。TPPを踏み絵にして政界再編を仕掛け、農協とのしがらみで動けない自民党の弱点を突けば、総選挙はおもしろくなるかもしれない。