口パクは「表現」である

2013年02月09日 13:52

ここんところ「口パク」が話題になってました。米国音楽界のディーバ、ビヨンセがオバマ大統領の就任式で国歌を独唱したんだが、まず伴奏した海軍軍楽隊が事前音源を使ってたことが知れわたり、次にビヨンセも口パクだったんじゃないか、という疑惑が浮上。マスメディアや音楽ファンは、この「疑惑」について必要以上に騒ぎ立てました。


この話題、全米が大盛り上がりに盛り上がるスーパーボウルへ舞台を移します。ビヨンセはスーパーボウルのハーフタイムショーでパフォーマンスを披露することになってました。口パク疑惑に口をつぐんでいた彼女が、各メディアがつめかけたスーパーボウルの記者会見で、いきなり米国国家をアカペラで歌ったんですね。

これは事前に知らされてもいなかったし、もちろん口パクじゃありません。その歌唱力と迫力は会場の記者たちを圧倒した。国家を完ぺきに歌い終えた後、ビヨンセは「Any question?」とドヤ顔で会場に問いかけます。有無を言わせない存在感に記者たちは沈黙せざるを得ず、逆に大喝采で応えた。なにか映画の一シーンを見ているようでした。

日本でも口パクが話題になることがあります。しかし「口パクじゃない」ことが逆にクローズアップされる、という現象も起きている。たとえば、人気アイドルグループに「ももいろクローバーZ」いわゆる「ももクロ」というのがいるんだが、彼女たちの魅力の一つが「口パクではない」こと。路上ライブでPA(音響システム)が壊れ、カラオケが流れなくなったときもダンスを交えながらのアカペラで一曲歌いきった、というプロの歌手なら当然のようなことも話題になります。

日本の音楽界、特にアイドルと呼ばれてるようなジャンルのステージでは総じて「口パクが当然」という風潮があります。ジャニーズ系なんかでも激しいダンスと歌唱を同時にやるのは大変なわけで、一部のメンバーが「踊って歌うなんて無理」と言ってるように口パクで表現することが多い。聴く側もそれを承知で聴いている。

実際に楽器を演奏しないエアバンドなんて不思議なアーティストもいるくらいで、NHKの紅白歌合戦でも「出演者のほとんどが口パク」と言われています。口パクなら息は切れないし歌詞も間違えない。アーティストサイドは、CDより質の悪い歌を聴かせたり間違えた歌詞で歌ったりするリスクをとるより、とりわけ音楽番組では口パクのほうがいい、と判断しているわけです。

これは何も日本に限ったことじゃない。ロンドン五輪の開幕式で『ヘイ・ジュード』を歌ったポール・マッカートニーは、彼がバックバンドの音程を取れず調子外れになった言い訳もあるんだろうが「あれは(口パクじゃない)ライブ」と強調しています。この発言には、アカペラでやるのが当然、という前提がある。

ビヨンセも大統領就任式での口パクを認め、事前のリハーサルもできず氷点下の気温だったといった理由から、重大なイベントなので音程を外したり歌詞を間違えたりするリスクを避けた、とコメントしています。しかし逆に言うと世界的なアーティストになれば、五輪の開幕式や大統領就任式といった国家的国際的な場面でもライブにこだわったり口パクが問題になるわけで、一般に音楽ファンの視線はかなり厳しい、とも言える。

もちろん、同じ音楽表現とは言え、ビヨンセやポール・マッカートニーと日本のアイドルを比べるのは酷でしょう。ジャニーズ系やAKBのファンように口パクだからといって失望する人はそう多くない。口パクでもリアルでもどっちでもいいという音楽ファンも多いし、音楽番組の場合は口パクかどうかなんて視聴者はこだわらないでしょう。日本のアイドルの場合、歌を聴かせるのと同時にパフォーマンス全体を表現しているわけです。

ところで、CDの売上げが激減している音楽業界では、ライブやイベントなどの収益に頼らざるを得ない状況になっています。その分、アーティストたちはライブの回数を増やしたり、一回ごとの演奏時間を長くする傾向にある。以前ならアンコールは一度きりだったのが何度も出てきて本番とアンコールの区別がつかなくなったり、4時間近いライブを全席立ち見で聴くようなものもある。ライブ会場での物販も重要なので、ファンを盛り上げるためにさらに演出が過剰になったり時間が長くなったりします。

これにより当然ながらアーティストへの負担も増えます。話題のエアバンドでも唯一リアルに歌ってるボーカリストが喉を痛めてライブを延期したりする。ももクロもメンバーの一人が喉を痛めて医師から発声禁止を言い渡され、ダンスのみでのパフォーマンスをしなきゃならなくなりました。人気アーティストの全国ツアーとなると、連日のようにライブステージがあります。よほど強靱な声帯の持ち主でなければ続けられない世界でしょう。

なぜ口パクが話題になるのか、と言えば、それが「フェイク」だから、というのも大きな理由です。本当に歌ってると思ってたのに「ダマされた」と感じることが不快なんでしょう。じゃ、リアルとフェイクをはっきり分けてしまえばいいという意見も出てくるんだが、いったいアーティストのリアルとはいったい何でしょうか。

CD音源自体が不自然に作り込まれている以上、ほとんどのアーティストの場合、ライブでそれと同じ再現クォリティを求めるのには無理があります。CDとライブのクォリティの差は、表現者と受け手が暗黙のうちに了解した予定調和です。虚像と実像の狭間をファンは楽しんでいる。口パクはその差を埋める単なる技術的手法に過ぎない。だとすれば、リアルとフェイクを明らかにするのはやめたほうがいい。

グレーゾーンである口パク問題は、音楽表現の世界でこれからも永遠のテーマとして残るんだろうな、と思います。もちろん、ライブで常にクォリティの高い表現をするアーティストへのリスペクトはいくら賛美しても仕切れないんだが、ライブやイベントへの負担が増えていく分、アーティスト側にも口パクへ「待避」できる余地を残しておいたほうがいい。そういう意味で、口パクも一種の「表現」と考えるべきです。

ところで、冒頭で紹介したビヨンセの口パク疑惑についてはオマケがあり、スーパーボウルの最中に前代未聞の停電が起き、試合が約34分間中断しました。その原因がビヨンセのパフォーマンスで電源システムに負荷をかけ過ぎたせいだったんじゃないか、と取り沙汰された。結局、停電と彼女のイベントには関係がなかったことが判明したんだが、その一方、彼女がメンバーだったディステニーズ・チャイルドのCDが売れてるらしい。口パク騒動を逆手に取り、評価を高めてしまうあたり口パクも「表現手段」の一つとなっている。一流のアーティストというのは転んでもただでは起きないようです。

石田 雅彦

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