奇蹟は終わったのか - 『中国台頭の終焉』

池田 信夫

中国台頭の終焉 (日経プレミアシリーズ)中国台頭の終焉 (日経プレミアシリーズ)
著者:津上 俊哉
販売元:日本経済新聞出版社
(2013-01-24)
★★★★☆


著者は経済産業研究所のときの同僚で、私と一緒に研究所を辞めた中国研究者である。かつて『中国台頭』という本を書いた彼が10年たってこういうタイトルの本を書くのは、中国に対する過大評価が日本の外交政策をゆがめていることに懸念を抱いたからだという。

中国を論じるとき警戒が必要なのは、議論の前提になっている統計が不正確だということだ。「本当の数字」を推定すると、中国は5年前には「中成長モード」に入っており、普通の発展途上国になった。その成長を牽引した民営企業のビジネスを国営企業が奪う国進民退が進行しており、出生率も1.18と日本より低くなった。中国のGDPがアメリカを抜く日は来ない、というのが著者の結論である。

では「奇蹟」と呼ばれた中国の成長は何だったのか。それは今まで中国の成長を阻害していた共産党の支配が弱まり、普通の市場経済になっただけだ。中国人の知的水準はもともと高いので、インフラが整備されて資本が蓄積されれば、農村から都市へ人口が移動するだけで急成長できる。これは資本蓄積と労働投入による単純な成長で、それが飽和すると成長局面は終わる。これは新古典派成長理論の予告したとおりの現象である。

こういう成長が飽和したときの定常状態の成長率を決めるのが生産性だ。日本は労働人口ひとり当たりの生産性で見ると、アメリカの8割で止まっている。国有企業が産業を支配している中国の定常状態の成長率は、おそらくもっと低い。そしてすでに労働人口はピークアウトしており、日本より急速に高齢化が進む。

日本のバブル崩壊はこうした構造変化が金融面から起こったものだが、中国でも同じような危機が起こるおそれが強い。さらに恐いのは、日本と違って中国の場合は軍を巻き込んだ権力闘争が起こる可能性があることだ。人々の不満を外に向けることによって国内政治の安定化をはかるのは、かつて日本もやったことだ。尖閣諸島をめぐる紛争で人民解放軍が「関東軍」化しつつあるとすれば、事は経済問題にとどまらない。