「ウェブサイトでもなく雑誌でもなく本でもない」“超小型出版”の革新性 --- 藤村 厚夫

2013年02月12日 12:50

クレイグ・モド氏の『超小型出版』の出版が引き金ともなり、難易度が高かったアプリ出版に改めてハイライトが当たる。プロフェッショナル化が進行した先行市場を覆しかねない可能性が、そこに見えてくる。

Web、電子書籍、そしてアプリ。それぞれ異なる系統樹から誕生したデジタルメディア形式がクロスボーダー化しています。

これが、筆者がたびたび述べてきたデジタルメディアをめぐる情勢論の中心です。

Web には、“ページ”という概念が実は希薄であり、スクロール可能な巻物的な表現形式が本質的に得意です。また、“リンク”という Web ならではの強力無比な機能により、良くも悪くも融通無碍な情報ナビゲーションや表現を実現してきました。

では、後の二者、すなわち電子書籍やアプリという形式はどうかといえば、現実界にある書籍や雑誌的なナビゲーション、表現を再現するのに適した発展をしてきたといえそうです。テキストとビジュアルが混在するレイアウトをページ単位でまとめて読者に提示します。電子書籍では特にそれらページをシーケンシャルなナビゲーションに形式化するのが得意です。

クロスボーダー化には、印刷メディアになれた作り手の創造的な意思を忠実に再現するために、Web 以上の表現形式を整えてきたという意味合いがまずありました。

ファッションなどの分野で、印刷媒体からアプリを生成し、次にアプリを模した Web メディアが誕生するといった流れが見えてきたのは、旧来メディアの作り手の欲求に即したクロスボーダー化と見なすことができます。詳細は省きますが、New York Times 配下の T-Magazine などはまさにクロスボーダー化の流れにあるファッション/ライフスタイル系メディアです。

しかし、クロスボーダー化がもたらすもうひとつの方向性があります。

Web の“柔軟すぎるナビゲーション”でもなく、印刷メディアの表現形式の再現でもない、純粋に読み物と読み手の“快”に焦点を当てる表現形式へと向かう動きです。それが「超小型出版」と概括する新たなメディアづくりの動きです。

いくつか例をあげてみましょう。

Marco Arment 氏がスタートし発行人を務める The Magazine。毎号エッセイを数点収めた月2回定期刊のアプリ版“文芸誌”の風情です。シンプルな画面と操作性、派手なビジュアル要素を極力抑えテキストを中心に読むために徹したつくりで、モダンでありながら復古的でもある新たな出版スタイルの息吹を印象づけた最初の存在です。

ちなみに、Arment 氏は“後で読む”サービスの代表格 Instapaper の創業者です。

次に、メディア系ベンチャーやプロジェクトを次々に傘下に収めている Betaworks が昨秋より提供を始めた超小型出版サービス Tapestry があります。

これはエッセイ、絵本、詩集などに適したオーサリング(編集・制作)とアプリの生成・販売に至るサービスを提供します。

生成されるメディア(というより“作品”というべきでしょう)では、タップによりページを進める、ソーシャルメディアに投稿などのナビゲーション機能ぐらいしか盛られていません。しかし、シンプルながらセンスの良さが画面全体から伝わってくるなかなか魅力的な作品がそこには生み出されるのです。

さらに、29th Street Publishing が提供を開始したアプリ生成基盤があります。

これを用いた女性タレントの専用週刊ミニメディア Maura Magazine や、商業メディアの週末エディションである The Awl:Weekend Comapinon など複数のメディアがラインナップされています(参照 → こちら)。

同社の創業メンバーらが、ブログプラットフォームで一時代を築いた Six Apart の出身ということもあってか、「ブログをするのと同じくらいシンプルな定期購読メディアを販売」とのコンセプトを打ち出しています。

超小型出版3種。左からThe Magazine, Tapestry, Maura Magazine

超小型出版3種。左からThe Magazine, Tapestry, Maura Magazine

このような、ほぼ同時多発的に誕生したメディア群に共通する特徴があります。

「ウェブサイトでもない、雑誌でもない、本でもない」(後述するクレイグ・モド氏の表現)というものです。

それは、冒頭に述べたクロスボーダー化したメディアトレンドを映し出しているといえます。

このトレンドに“超小型出版”という名を与え、概念をまとめあげたのがクレイグ・モド氏です。同氏は“ソーシャルマガジン”とのコンセプトで評判を呼んだニュースリーダーアプリ Flipboard のデザインに携わりました。

「超小型出版」とはもちろん邦訳であり、そのオリジナルは“Subcompact Publishing”です。さまざまな意味でコンパクトであり、かつ機能を削いだとの含意があります。

モド氏が整理した超小型出版の要件を、『超小型出版 シンプルなツールとシステムを電子出版に』から紹介しましょう。

クレイグ・モド氏『超小型出版』表紙

クレイグ・モド氏『超小型出版』表紙

超小型出版ツールと編集美学の特徴としては、さしあたり次のようなものがある(これが全てではない)。

  • 小さな発行サイズ(3~7記事/号)
  • 小さなファイルサイズ
  • 電子書籍を意識した購読料
  • 流動的な発行スケジュール
  • スクロール(ページ割やページめくりといったページネーションは不要)
  • 明快なナビゲーション
  • HTML(系)ベース
  • ウェブに開かれている

これらの特徴は互いに影響を与え合っている。

同書は上記の要件をさらにかみ砕いて解説していますが、以下に筆者(藤村)の視点からコメントを付していきましょう。

最近のアプリが“高機能な”雑誌や書籍の電子版という方向に足元をすくわれてしまっているのに対し、超小型出版を体現するメディアは、いずれも豊富な機能を誇りません。

目に付きやすい機能は削ぎ落とし、読者とのインタラクション要素も抑制的です。

その結果として、これらメディアは読者がコンテンツを読むことに徹するメディアというコンセプトで共通しています。これを“コンテンツ中心主義”と呼んでいいかもしれません。

目に付きやすいさまざまな要素を排除することは、おのずと広告的な収入モデルを排除することにもなります。紹介した各メディアにはいずれも広告を掲載しません。

代わっての収入モデル(無料のケースもある)は、Apple の定期購読・配信サービス Newsstand を基盤とします。同サービスは定期刊の雑誌などを自動的にダウンロードする機能と、定期購読料の徴収や、フリートライアル後に他号を有料購読するなどの滑らかな課金機能を備えています。

現時点で、超小型出版を選択することは、アプリ出版を行うことと同義です。

しかし、通常はアプリ開発にはエンジニアリング能力が必要です。また、たとえば、Apple のアプリマーケットである App Store にアプリをリリースするためには、煩雑な手続きもあり個人が気軽にこなせるものではないハードルが待ち構えています。

モド氏もこう述べています。

プログラマーは現代の奇術師である。多くの業界でそれは明らかだが、ついに出版界でもそのことが明らかになりつつある。マルコ(注:Marco Arment 氏のこと)がすぐに The Magazine を生み出すことができたのは……彼がプログラマーだったからだ。

エンジニアが出版の分野においても高い価値を発揮することには同意しますが、それが多くの出版者にはハードルであることももちろんです。

Arment 氏は The Magazine の開発(編集・制作)基盤を提供していないようですが、29th Street Publishing や Betaworks は外部への提供を行っており、そのため扱うタイトルが増えていく流れにあります。

前者のシステムは、WordPress など普及したブログ CMS などと連携する仕組みを採用しています。

後者はサービスにサインインすれば会話形式でメディアタイトルが制作できるようになっており、“アマチュア”に門戸を開くアプローチをとっています。

最後に、Blog on Digital Media の主題でもある、メディアビジネスからの視点で超小型出版の可能性について要点を述べておきます。

  • かつて Six Apart らが切り開いたブログプラットフォームのアプリ版となる可能性があり、多くの個人出版の基盤となる可能性がある
  • そして、“自己出版”トレンドを、定期購読ビジネスへと直接つなげていく可能性がある
  • “機能限定・開発容易”な出版手法は、Web、電子書籍、アプリの各分野で先行するプロフェッショナルなメディアビジネスが築く市場の隙間を開発する可能性がある
  • 広告ビジネスが侵入しにくい出版市場を生み出す可能性がある
  • アプリ同様、App Store 等の課金プラットフォームにマーケティングを委ねる要素が弱点であり、出版者は継続的に Web やソーシャルメディアを通じて告知活動を継続しなければならない

筆者は、超小型出版の流れが“コンテンツ中心主義”に焦点を当てていることに、強く興味を惹かれます。

「コンテンツはありあまっている」「コンテンツに価値は薄く、価値は人間(ソーシャル)の側にある」との論調が高まる時代に、コンテンツを前面に立て、そして、それを価値(課金)へと直接結びつけようとする流れだからです。まだまだ小さな市場とはいえ、注目に値する動きであるのは自明です。

(藤村)

編集部より:この記事は「BLOG ON DIGITAL MEDIA」2013年2月12日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった藤村厚夫氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はBLOG ON DIGITAL MEDIAをご覧ください。

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