ヤマギシ会はまだやっていた --- 島田 裕巳

2013年02月17日 13:16

ふと、ヤマギシ会はどうなっているのだろうかと気になった。ヤマギシ会は、日本で最大のコミューン、共同体であり、理想社会の実現をその組織の目的としてきた。創立は1953年のことで、ちょうど今年で60年になる。

私は、大学時代にヤマギシ会に関心をもち、宗教学のゼミでの調査をきっかけに、近づき、その運動に共鳴して、メンバーになったことがあった。今から40年近く前のことである。ヤマギシ会の共同体で生活していた期間は7カ月と短かったものの、その後も、ヤマギシ会を出てきた人間たちが中心になった、共同体つくりの運動に参加し、そのあいだはヤマギシ会ともかかわりをもった。


当時のヤマギシ会には、学生運動に参加した経験をもつ若い人間が多かった。ヤマギシ会は、1959年に「ヤマギシ会事件」を起こし、世間の注目を集めたが、それによって危険な団体とも見なされ、一時、運動は停滞した。ところが、学生運動崩れが多数参加することで、60年代の終わりから70年代のはじめにかけて、ユニークな運動体として注目を集めたのだった。

ただ、当時は、急激にメンバーが増え、しかも出入りが激しかったことから、組織は安定せず、方向性も定まっていなかった。生活も貧しく、私が住んでいたところも、工事用のプレハブを安く買ってきたようなもので、冬の寒さをしのげるようなものではなかった。

私が抜けた後、ヤマギシ会は、農業産業の方向へ大きく舵を切った。若いメンバーは、朝から晩まで熱心に働くようになる。そして、都会の主婦層から、ヤマギシ会の農場で生産される卵や鶏肉が自然で安全な食品ということで需要が生まれ、共同体の規模は拡大していった。

とくに、日本がバブル経済に突入した80年代半ばから、農業産業としてヤマギシ会は大きく発展し、その勢いはバブルが弾けても衰えなかった。もっとも拡大した1998年の時点では、全国に39箇所の「実顕地」と呼ばれる共同体をもち、メンバーの数は4400人にも達した。毎年5月には、生産した食品をただで来場者に食べさせる「春まつり(名称は年によって散財まつり、タダのまつりなどに変わった)」を行い、そこには10万人もの人が訪れた。

日本でも、農業の協同化の必要性が説かれ、それによって経済効率を高めていくことが不可欠だと言われてきたが、なかなかそれが実現しなかった。ヤマギシ会は、「無所有一体」という理念を掲げ、私的所有を否定して、メンバーに給与を与えない仕組みを作り上げることで、その課題に一つの答えを与えた。拡大の続いていた時代には、社会的に多くの注目を集め、マスメディアでもさかんに取り上げられた。

ところが、急激な拡大はひずみも生む。ヤマギシ会の共同体のなかで、子どもに対する体罰が行われているなどとして日弁連などによる調査が行われ、その事実が明らかになることで、ヤマギシ会は社会から激しいバッシングを受けることとなった。それは、オウム真理教の地下鉄サリン事件が起こってから、それほど経っていない段階でのことで、ヤマギシ会はオウム真理教と同様に危険なカルトであると見なされたことも大きかった。

国税局による税務調査で申告漏れが指摘されたり、脱会者が次々と告発本を出したことも大きく影響した。それによって、ヤマギシ会は大打撃を受け、生産している食品が売れなくなるという事態に直面した。こうしたヤマギシ会の盛衰について、私は『無欲のすすめ』(角川oneテーマ21)という本に書いたこともある。

大きく発展していたり、事件性があれば取り上げられるが、バッシング後のヤマギシ会については、ほとんど報道がなされなくなり、社会的な注目を集めることもなくなった。私のところにも情報が入らなくなっていた。それで、ふと、ヤマギシ会のことが気になったのである。

その後、たまたまヤマギシ会のメンバーと会う機会があり、現状について尋ねてみたところ、この3月にヤマギシ会の現状を含めて紹介した本が出ることを教えられた。それは、村岡到氏の著作『ユートピアの模索―ヤマギシ会の到達点』(ロゴス社)という本である。著者は社会主義者で、その観点から、ヤマギシ会の歴史と現状、そしてその意義について論じている。

この本を見ると、ヤマギシ会の規模は最盛期の半分程度になったものの、依然として農業産業として健在であることが分かった。『週刊東洋経済』が昨年「農業で稼ぐ」(7月28日号)という特集を組んだとき、農事組合法人のランキングを載せていたが、ヤマギシ会の豊里実顕地(ヤマギシズム生活豊里実顕地農事組合法人)は第2位にランクされていた。しかも、もう一つの拠点である春日山実顕地(ヤマギシズム春日農事組合法人)もランクインしており、両者を合わせれば、ヤマギシ会は日本一の農事組合法人である。

ヤマギシ会の現状について評価を下すには、その実態を見定める必要はあるだろう。しかし、ヤマギシ会が農業ということを核にすえていることは、組織としての最大の強みである。最近では、実顕地で行われる「朝市」なるものに一般の人たちが集まるようにもなってきているらしい。ネットショップも開いており、ヤマギシ会と社会とは食品を通してつながっている。

ヤマギシ会に入ったメンバーは、私のように脱退しなければ、生涯実顕地のなかで生活する。80歳になると、「老蘇」というグループのなかで悠々自適の生活を送るようになる。そこには、老後の不安はない。さまざまな点で、私たちは今一度、ヤマギシ会のあり方に注目する必要があるのかもしれない。

島田 裕巳
宗教学者、文筆家
島田裕巳の「経堂日記」

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