いくら夢や理想を語っても、充電スタンドをつくっても電気自動車は普及しない

大西 宏

究極のエコカーとされる電気自動車。化石燃料の消費も減らせる、またクリーンだ、さらに次世代を担う車だということで、それに関連したベンチャーもたくさん生まれました。
魅力あふれる電気自動車が脚光をあび、自動車産業だけでなく、電池メーカーや電池材料メーカーも設備投資に力を入れ、今後の電気自動車市場のイニシアティブをいずこが握るかで充電器の標準化の規格をめぐって「チャデモvsコンボ」の国際間の戦争もありました。注目を浴び、期待を背負ってきた電気自動車です。

しかし、現実は電気自動車は売れず、失速してしまっているのです。


理由は、初期は革新的で新しい技術を積極的に取り込む人たち、また公共の需要に支えられてきたものの、そういった需要も一巡してしまったからでしょう。いわゆるキャズムを超えられず、事業として成り立つような本格的な需要を掘り起こせていないのです。

どんな理想も現実の市場で売れなければ念仏みたいなものです。

なぜ売れないのでしょうか。走行距離が短いとか、充電スタンドが普及していないとかの要因もあるでしょうが、それよりも従来の自動車と価格で競争力がまったくないからでしょう。

ダイヤモンド・オンラインの記事で、北米では電気自動車どころか、ハイブリッド車すら日本のようには売れない理由としていわれてきてきているのが、「ペイバック(元を取る)」ことができるかどうか、つまり損得勘定とか経済合理性です。

同記事では、ハイブリッド車で、ガソリン車との差が2000~4000ドル高く、年間で節約できるガソリン代が500~750ドル。プラグイン・ハイブリッド車なら、車が6000~1万ドルも高く、年間で節約できるのが1500~2500ドル、それが電気自動車となると車が12000ドルと価格差が跳ね上がり、年間で節約できるのは年間2500~3000ドルということで、一回の充電で走行できる距離が短いことなどのハンディを負って、しかもまだまだ元を取るという意味ではバランスが悪いのが現実です。
アメリカでハイブリッド車が 日本のようには売れない理由|エコカー大戦争!|ダイヤモンド・オンライン :
日本はガソリン価格が高いので、ハイブリッド車が、軽乗用車を除いた登録乗用車全体に占める比率は昨年にはほぼ30%を占めるようになりましたが、ガソリン価格の安い北米ではハイブリッド車ですら、いまだに3%程度です。つまりやはり経済合理性で日米の需要が違いがでてきているということでしょう。

プラグイン・ハイブリッドにしても電気自動車にしても、ネックになっているのは電池です。リチウムイオン電池が重く、大きく、なによりも価格が高い、だからなかなかガソリン車に代替していくことにはならないという単純な話です。

ようやくハイブリッド車だけが日本ではそのバランスがとれはじめ、売れ出したということでしょう。そうなり、事業が黒字化するにも長年かかっています。つまり、プラグイン・ハイブリッド車にしても、電気自動車にしても、いまだにガソリン車やハイブリッド車との競争力を持っていないのです。

鍵をにぎるのはリチウムイオン電池で、確かに「次世代」を狙って電池の基礎的な研究開発競争が世界中で起こっています。しかし、まだ決定的なイノベーションは起こっていません。

そして技術革新に関しての見方で重要な点ですが、ムーアの法則にしたがって性能が飛躍的に向上してきた半導体とは電池は同じようにはならないということです。超微細化の技術を追い求めていけばより高性能な半導体をつくれる世界と違って、化学の世界は大きな発明がなければ、飛躍的に価格や性能が向上するイノベーションは起こって来ません。電池の「次世代」を狙って電池の基礎的な研究開発競争が世界中で起こっていますが、その発明がいつ起こり、いつ成功するのかは誰もわからないのです。

そして悪循環というか、鍵を握っている電池メーカーは、一方では事業の柱となる携帯やスマートフォン向けでは価格競争が起こっており、また一方では電気自動車向けに積極的に設備投資を行ってきたのですが、それが裏目に出て厳しい状況になってしまっています。
EV低迷が揺るがす電池産業:日経ビジネスオンライン :

追求すべきは「電気自動車」ではなく「エコカー」の普及

政府は公共事業として充電スタンドを増やすといい、また多くの地方自治体なども充電スタンド設置に動いているのですが、電気自動車そのものを買う消費者がなければそれはまったく無駄そのものです。いくら周辺を整備しても、肝心の電気自動車に競争力がなければ、それで普及が促されるということはありません。誰も利用しない充電スタンドが増えていくだけです。

電気自動車の普及を急ぐのなら、ガソリンに高い税をかけたり、規制をかけることでしょうが、それでは日本が特殊な市場になってしまい、世界には通用しないガラパゴスな電気自動車しか生まれて来ません。

焦点が、電池のイノベーションだとすると、誰も利用しない充電スタンドをつくるよりは、電池のイノベーションにむけた研究開発を支援したほうがはるかに効果があるのでしょう。もしかすると技術革新の成果によっては、燃料電池のほうがやがて本命になってくるのかもしれません。そのための研究開発に投資するのなら夢もあります。

しかしそれでは工事が発生せず、また票につながらないので、安易に充電スタンドを増やそうということになるのでしょう。

それよりは、異なった技術間で「エコカー」での競争を促進することのほうがはるかに互いの技術力を高めていきます。それなら、かなり高い基準で燃費効率を達成した車だけ再び減税措置をとればいいだけで、さらに燃費効率競争が促進されます。

電気自動車の今後を考えると、おそらくガソリン車を代替するという考え方から、電気自動車の特性を活かせる目的をもった車をつくるという流れに変わってくるのではないでしょうか。

ひとつは地下タンクの改修義務化でガソリンスタンドが激減し、ガソリンスタンド過疎地が発生してきていますが。そういった地域ほど自動車はライフラインを支える必需品として欠かせません。その場合は電気自動車が役に立ちます。生活圏内を走るだけなので、それほど長距離を走る必要もありません。充電スタンドもいらないでしょう。

もうひとつは電気自動車のパワーを追求した富裕層向けの高級車もありえます。車は数台持っているでしょうから、電気自動車を楽しむという需要もありそうです。その代表格のテスラはいまだに赤字状態が続いていますが、新たに発表したモデルSでは強気です。
【インプレッション】テスラ「モデルS」 / – Car Watch :

さらに、ヤマト運輸が、トヨタ、日野の協力のもとに、EV小型トラックを実証運行をはじめるようです。宅急便なら走行距離は短く、公共性をアピールできるだけでなく、低床化によって積み下ろしが楽になり、女性ドライバーでも扱いやすいなどとディーゼル車にはないメリットと追求できる可能性があるからでしょう。
ヤマト運輸、トヨタ、日野が協力してEV小型トラックを実証運行 / 2011年東京モーターショー出展のコンセプトカーがベース -Car Watch :

また従来にはなかった新しい需要をつくる電気自動車も可能性を持っています。中国の内陸部では鉛電池を使って、低速度であっても低価格な電気自動車が生まれ、商用化されてきているようです。案外そちらが本命なのかもしれません。
かつて日本が液晶で世界を席巻する技術国となったのは、ハイエンド向けではなく、電卓向けなどの技術的にはローエンドながら新しい分野を拓き、そこで技術進化を積み重ねていったからでした。

いずれにしても、市場を無視し、理念や夢だけで電気自動車の普及を考えるというのは現実的ではありません。市場の競争のなかで電気自動車が独自のポジションを持てる分野はなにかを発見し、その市場を拓いていくという発想への転換が求められているのだと思います。電気自動車には、技術開発だけでなく、電気自動車の市場をつくるマーケティング戦略も同時に求められてきているのだと思います。