新たな量的緩和の効果

2013年04月05日 08:09

黒田新体制になって最初の金融政策決定会合で打ち出された緩和策は、さすがと思わせる「本気度」を示したものであった。これが、人々や企業の「期待」という掴みがたいものにどのような影響を及ぼすかは、率直にいって私にはよく分からない。しかし、もう少し実体があると思われるレベルでの効果については、多少は推論してみることが可能なので、それについて述べておきたい。


資金の供給量を2倍にするとか、ベースマネーの量を2倍にするとかいわれると、錯覚しやすいと思われるが、長期国債を買い上げる代わりにベースマネーが供給されるわけだから、ベースマネーが増える分だけ民間銀行が保有する長期国債の額は減っている。すなわち、別に民間銀行(ましてや家計や企業)の購買力が増加するわけでもなんでもない。民間銀行の保有する金融資産の内訳が変更されることになるだけである。民間銀行の保有する金融資産の総額は一定のままである。

増加を予定されているベースマネーの大宗は準備預金、それも「超過」準備である。超過準備は、決済手段として使おうと思えば使えるけれども、決済手段として必要な額をはるかに上回った額にすでになっているので、決済手段としての側面に特段な意義はなくなっている。超過準備は価値保蔵手段として保有されているのであって、ゼロ金利制約下にある現状では「短期国債」と本質的に同等物であると考えることができる。

したがって、長期国債を買い上げてベースマネーを供給するというオペレーションは、民間銀行から長期国債を取り上げて、短期国債の同等物を押し込むということにほかならない。こうしたオペレーションを大々的に行うと、民間銀行の保有する資産の満期構成が短縮化することになる。長期国債を大量に購入するというと、何かすごいことをやるかのように思う人も少なくないかもしれないが、今回の金融緩和の機能的な意味は、民間銀行が保有する資産の満期構成を短縮化させるということである

それでは、民間銀行が長期国債と準備預金の交換に応じるのはどうしてか。仮想例として、100の市場価格の長期国債を満期まで保有していると累積で3の収入が得られるのに対して、同じ期間の間、100の準備預金を保有しても1の収入しか得られないとしよう。このとき、中央銀行が長期国債を102の価格で買い取るといわなければ、損になるので、長期国債を手放して準備預金を保有しようとする民間銀行は出現しないということになる(入札は札割れになる)。

ところが、現在100の市場価格の長期国債を中央銀行が102の価格で買ってくれるという見通しになれば、長期国債は市場で買い進められ、その市場価格は102まで上昇することになる(裁定が働く)。その結果、長期国債の流通利回りは、以前に比べて低下することになる。いま現実に起こっていることは、こうした現象だと解釈できる。

それゆえ、日銀が長期国債を際限なく購入していけば、最終的には長期国債から期待される収益率は準備預金を保有するのと変わらなくなるまで低下して行くことになると推論できる。すなわち、利回り曲線(イールド・カーブ)を期限の短いところから段々と期限の長いところまで潰していくようなかたちで、そのフラット化が進んでいくことになると考えられる。ここまでは、ほぼ確かなことであり、問題はこうした利回り曲線の低位フラット化がどのような効果を及ぼすかである。

とりあえず、資産価格(株価等)の上昇、(内外金利差の拡大から)円安、設備投資等の支出活動への刺激が考えられる。資産価格に関しては、金利の低下「率」が関係するので、かなりの効果が生じる可能性がある。しかし、すでに以前から長期金利はきわめて低位になっているので、金利の低下「幅」は限られており、直接的な支出活動への刺激効果は限定的なものでしかないと思われる。あとは、資産価格の上昇に伴う効果(資産効果)と「期待」の変化がどの程度の支出の拡大につながることになるかであるが、よく分からない。

民間銀行にとっての保有資産の満期構成が短縮化することの影響は、金利変動リスクの負担が少なくなるという面と、ますます利ざやを稼ぐことが難しくなるという面の2つがある。前者の面はリスク負担キャパシティの復元でもあるので、後者の面と相まって、収益を求めて(search for yieldで)、よりリスクをとった運用を行う動きが生じる可能性がある。このことは、やはり資産価格の上昇要因となろう。しかし、既述のように、資産価格の上昇が支出活動に及ぼす効果の定量的な大きさについては不確実である。

他方、中央銀行の方は、長期国債を保有して短期国債同等の準備預金を提供するということになるので、「短期で借りて、長期で貸す」という満期変換を大規模に行うということになる。その意味で、満期変換に伴う金利変動リスクを大規模に抱え込むことになる。いわば、金利変動リスクが民間銀行から中央銀行に移転させられることになる。このことは、金融システムの安定という観点からは望ましいともいえるけれども、出口時点での財政コストを確実に増加させるものになると考えられる。

例えば、190兆円国債を保有していて、その平均残存期間(正確には、デュレーション)が7年であるとすると、1%金利が上昇すると、190×7%=13.3兆円のキャピタル・ロスが発生することになる。これは、1年間の消費税5%分以上の額である(ただし、一方で借り手としての政府は、キャピタル・ゲインを得ている計算になるので、政府と日銀を併せた「統合政府」で考えれば問題がないもいえる)。

要するに、前の記事で述べた英国の場合と同様に、今回の新たな量的緩和についても、「もっぱら資産価格と為替レートへの影響、および期待へのより広い効果を通じて」というのが、想定し得る効果の波及チャネルだと考えられる。逆にいうと、はっきりと定量的に効果の期待できる確実な波及チャネルがあるわけではない。この意味で、「賭けに打って出た」ということだと考える。

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池尾 和人@kazikeo

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