登山家、栗城史多の世界 --- 岡本 裕明

2013年04月09日 06:00

日経ビジネスに「登山家」栗城史多(のぶかず)氏の記事があったのですが、彼は登山家だろうか、という疑問符が記事全般に盛り込まれていました。正直、貧相な発想だと思います。なぜ、人はある一定の括りに収めようとし、その結果、栗城氏を登山家、いや、そうでないという意味のない論争に展開させるのか、私にはまったくもって理解できません。


栗城史多氏は大学生の時、登山部にいた振られた彼女にもう一度アプローチし、付き合ってもらいたいという気持ちからマッキンリーを目指しました。それが高じて、単独無酸素登頂を世界の大陸で制覇し続け、最後にエベレストに挑戦するものの4度の失敗、そして、いまや9本の指を凍傷で失いかけています。

私が彼とバンクーバーで出会ったとき、小さな体ながらも前向きに常に一歩踏み出すその姿にずいぶん感動しました。実は私のオフィスの壁には彼が登頂している時の写真を飾っています。なぜ彼の写真なのか、それは私に勇気を与えてくれたからです。

数年前、彼と対談会をするまで私は登山というものにはまったくの無知。そこで予備知識のために登山系の本を数冊読んで対応したのですが、確かに登山家は自分の生死を賭けながら山頂を目指すというストイックさの中にロマンがあるのではないかと感じています。一方、栗城氏は第一歩からしてまったく違う発想でした。ある意味きっかけはミーハーですがそこから彼の精神力は異様に進化を遂げました。

踏み出す勇気とは何もはじめなければ何も起きないという実に簡単な発想ですが、いつの間にか彼の発想は次々と山を制覇する、無酸素単独で行く、そして、それをたくさんの人とシェアをしたい、だから放送機器を持って歩く、といったように発想がどんどん成長していったところに意味があります。もちろん、ほとんどの登山家の方々はとてもシリアスであるがゆえに彼の登山スタイルは山を軽く見ているとか、自分の宣伝に使っているという風にみてしまうのでしょう。

ですが、彼はテレビやマスコミを通じてあまりにも多くの人に感動と勇気を与えたことも事実です。まるで一緒にエベレストに上っているような臨場感を味あわせてくれたのは彼が最初でしょう。そういう点では彼は人生の登山家なのかもしれません。

エベレストを四度失敗し、指を凍傷でなくす危険にさらされながらも「僕は必ず復活します」と言い切るところに彼の精神力の強さがあります。人間、人の批判は誰でも簡単に出来るものです。しかし、誰から何を言われようと自分の意思を堅く貫き通し、失敗しても躓いても立ち上がり、挑戦することはなかなか出来ません。まさに地道な努力と自己との戦いではないでしょうか?

今後、彼は再び山を目指すのか、違う人生を歩むのかわかりません。ですが、彼が経験した今までの数々の失敗は彼をより大きなものにすることは間違いありません。そういう意味で彼が復活してくれる日を楽しみにしているのです。

今日はこのぐらいにしておきましょうか?


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年4月7日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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