日本に今必要なのはアイデンティティではなく

MATSUMOTO Kohei Ph.D.

【はじめに】
昨今、アイデンティティーという言葉が巷に溢れつつあります。先般の衆議院予算委員会でも自民党の議員からその言葉を発言させるような質疑が有りました。また先日の民放のビジネスニュースでもそのアイデンティティーを築くために海外に語学留学させる人々が増えている、などの特集が組まれていました。

彼女ら、彼らの言うアイデンティティーとは「本当の自分である」という自我同一性、自己同一性という、本来の意味において正しいものです。また英語教育を通してアイデンティティーをもったグローバル人材を育てるため、幼少期から語学留学させているようです。そして少し右傾化とも取れる日本国が日本国であるための自己同一性を目指しているのは安倍政権からも顕著に見えます(1)。

その方法論として、語学留学や精神論的な愛国主義がアイデンティティーを確立し、グローバル人材として日本がイニシアティブを伴って本当に活躍できるのか、というのが今回の議論です。


【アイデンティティーは今の日本に必要か】
実はすでに多くの大人がアイデンティティーを獲得していると思われます。日本国内で社会人になる上で、自分の人生として、ライフスタイルとして、職業人として自分は如何にあるべきであると。一度は考えることでしょう。それで自己同一性という意味でのアイデンティティーは獲得しえます。昨今の就活も学生達は無理やり自分を押し込めて見かけ優等生になりますが、その過程で思慮し、何らかの自己を獲得していくことでしょう。

英語教育をさせるにしても英語は単なる言葉です。当然ですが英語は漢字やカタカナもなく、文法も日本語よりはシンプルであるために覚えるには簡単な言語です。その言語を習得するからと言ってアイデンティティーが確立するのかどうか。また愛国心、非常に良いことだと思いますが、というか当然ですね。日本に生まれているわけですし。しかし、それはそれでもう十分なはずです。

よって語学留学については「アイデンティティーを醸成、確立する」点において、その論理構成に疑問が残ります。日本を愛する、という点についてもアイデンティティーを持ち出すのはすでに十分であると考えます。

それでもなぜアイデンティティー…と彼ら、彼女らは言うのか。

その「何故か」を追求して来なかったからと考えます。論理的に説明する、及び追求する能力を訓練する機会が多くの国民は全くありませんでした。よってそれをアイデンティティと都合の良い言葉ですり替えているのでは、もしくは論理的思考力が彼ら、彼女らにとって理解の範疇を超えているのかもしれません。

海外の方と話したことがあるならばこのような経験があるかもしれません。「なぜ日本人は多くの神を信じることが出来るのか?」多神教だから、という答えは良いにしてもではなぜ多くの神を信じることが出来るのか、について理由を主張できたでしょうか(合っている間違っているはメイク・ノーセンスで、自分なりの主張が必要なわけで、それを聞きたがってる、もしくはそのやり取りを楽しんでいるはずです)。明確に主張できない場合は、お前(の国)はクレイジーだな、という話で完結してしまいます。

別に英語を話せなくても(話せたほうがより多くの人々に説明出来ますが)日本語のみでも、無闇矢鱈にではなく、説明能力を養うことが出来れば、すなわち論理的に考える、聞く能力が有れば互いに齟齬なく話は通じ、所謂彼女、彼らが言うアイデンティティーを持った、首尾一貫した主張を持つ一人の人間として独立できるのです。

【無形な雰囲気を話すより、有形の事実を語ろう】
しかしながら今現在においても、国会の質疑でも辟易としましたが、無形なもの、心であるとか、絆であるとか、否定はしませんが(不要な半分くらいはします)、そのようなものに日本中が支配されています。空気とか、上からとか、○○感とかそのような一見有りそうな、でも実は無いものについて何かを考えるのは十分なほど昔から日本はしています。その弊害が今の日本を蝕んでいると考えます。そうではなく、事実から得られる実体について、はっきりとした証拠のもとに互いに話し、聞く訓練をこれからはするべきです。クールなウィットも忘れずに。

【まとめ】
上記の通り、日本に今必要なのはアイデンティティの確立ではなく、有形の事実ベースで互いに話す、聞く能力を養うことであると考えます。脱却する方法の一つは、育成レベルでは以前も述べたとおり、苦痛な授業よりもむしろ有形のものに対する議論を中心とした教育の抜本的な改正から行う必要があると考えています(2)。2つのニュースを聞きながらそんなふうに考えた次第です。

今回の主張は以前のアゴラ記事「脱ゆとり教育から論理思考的教育へ : アゴラ – ライブドアブログ」や「サイエンス的思考のススメ 」の結論と似通っています。別アプローチによって少しでも多くの人に周知させたく、キーボードを叩いています。もちろん賛否両論あるかと思いますが、どのような明確な理由によって賛否を論じていただければこの文章を書いた意味があります。

【参考となる記事など】
(1)※このような議論もあるがここでは内容が違うのでフォーカスしません。「右傾化保守化ではなく集団化」――排外・人種侮蔑に抗議 http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=3133
(2)※当然と思うのだが、日本のやっていることは真逆。子供の幸福度世界一、オランダの教育に学ぶ どうすればグローバル人材の育成ができるのか(23)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37521

松本公平(MATSUMOTOKoheiPh.D.,Geoscientist)
Twitter: @MATSUMOTO_K_PhD
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