「完敗」安倍歴史観 ─ 論ずるなら、日本向けより世界に向けて!

北村 隆司

国会での安倍答弁をきっかけに、世界で話題を集め出した「安倍歴史観」の余波は、その後も広がりつつあります。

この「歴史観」についての評判を、私が目にする英、米、ロシア、アラビアなどのメデイアの反応で採点しますと、厳しい批判ばかりで「支持がゼロ」の「完敗」状態です。


麻生副総理をはじめ閣僚が次々と靖国神社を参拝したその時期に、「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」「村山談話をそのまま継承しているわけではない」等の発言を連発すれば、「日本右傾化」の声が海外で起こるのはごく自然です。

然し、何故この時期に、誰に向かって、何を目的にこの様な発言をしたのでしょうか? 私には全く理解出来ません。

外国メデイアの流れを見ますと、第一次安倍内閣で始まった安倍総理の「右翼」「国粋主義者」と言う「レッテル」は、今回の騒動で確立して仕舞いましたが、驚いたのは、米議会調査局までが、安倍首相を「誰もが知る強硬な民族主義者」と呼び「首相の歴史観が東アジアに混乱をもたらし、米国の国家利益にも影響する」と言う異例の報告書を出した事です。

それに対し安倍総理は「間違いは訂正を求め、我々の意見を伝える広報体制を強化したい」と強気に出て、米国議会に挑戦されましたが、果たして勝算はあるのでしょうか?

日本の議会と異なり、行政と対等の権限を持つ「強大な米国議会」を日本の議会と同じ様に軽く見ると、思いもしない結果を生む事を首相のスタッフは忠告すべきです。

その後、親日家のシーファー前駐日米国大使までが、「河野官房長官談話を見直せば、アメリカやアジアでの日本の国益を大きく損なう」と警告を出すなど、とても安倍総理の予期通りに進んでいるとは思えません。

「いかなる国家も、その国家のために命を捧げた国民に対して、英雄として敬意を払う」事は、中韓を含む世界各国の共通した認識です。

然し、右翼の人達が英雄と称える指導者が「無条件降伏文書」に署名して終結した戦争を「敗戦」と呼ばす「終戦」と呼び、日独伊の三国協定を結んで戦いながら、第二次大戦と呼ばずに「大東亜戦争」と呼ぶかと思うと、高市自民党政調会長の様に「当時、資源封鎖され、まったく抵抗せずに日本が植民地となる道を選ぶのがベストだったのか?」と、真珠湾攻撃を肯定する様な主張をすれば、日本の同盟国であった独伊両国も含め、世界の大半が日本に背を向ける事は間違いありません。

その事を知る石破茂幹事長は「歴史認識は積み重ねがあるテーマであり、あまり思いつきで物を言うべきではない。国益全体を損なう情報発信の仕方は極めてよくない」と当たり前の発言をしましたが、高市政調会長は自説が正しいと言い張っており、このままでは、「変な女性が輝き出した」と警戒されるのが落ちです。

田原総一郎氏も「発言するなら、準備をし、勝算が出てから行なうべきだ。さもなければ真珠湾の二の舞になる。個人のエゴや感情で発言する問題ではない。」と書いていますが、この様な、自己宣伝と自己満足の発言が続くと、「靖国」は中韓両国にとっては、かけがえのない外交財産になるだけです。

小泉元総理が訪米時に、日本の総理としてはじめて予定されていた米議会上下両院合同会議での演説も、当時の米下院外交委のハイド委員長から「靖国参拝せずの確約を条件にすべき」という意見が出て中止になったそうですから、当時から靖国問題は「日中」「日韓」を超えた国際問題になっていた事は確かです。

メデイアの貼るレッテルは、真実とは無関係に「既成事実」や「空気」に流されて何となく出来上がったものですから、一度貼られたレッテルを剥がす事は容易ではありません。然も、ほっておけば「真実」に化けて仕舞う厄介ものです。

この不名誉な「レッテル」を剥がすには、安倍歴史観への世界の関心が高まり、然もこれだけ評判が悪い今こそ、「大東亜戦争肯定論」「閣僚の靖国参拝正当論」「戦時指導者英霊論」等の論陣を堂々と世界に向かって展開すべきです。

これが出来なければ、地政学も絡む歴史認識問題で「独自」の考えが世界に通用する訳がありません。繰り返しになりますが、仲間が集まって「独自の歴史観」で気勢を上げるだけでは、独りよがりの「スキンヘッド」集団と大差ありません。

日本の政治指導者が独自の「歴史観」を世界に訴える事は、日本の為にも極めて有益なことです。
問題は、サンデル教授が「白熱教室」で日本に紹介した「アドボカシー(立場の擁護論)」は、西欧では古代ローマ以来の伝統で、特に米国では、リンカーン・ダグラス論争と言う100年以上の伝統を持つ養成法で鍛えられた論客を相手に、独自の「歴史観」を説得できるか否かです。

2013年5月19日
北村 隆司