哲学者と語り始めたアメリカのリーダー

田村 耕太郎

アメリカではリーダーの相談相手として哲学者が台頭し始めているようだ。その仕掛け人はアメリカ実践哲学協会会長のNY市立大学ルー・マリノフ教授だ。そんなマリノフ教授と都内で朝ご飯をご一緒させていただく機会を得た。マリノフ教授は哲学を政治やビジネスのリーダーの意思決定の土台として啓蒙普及活動を行っている。


マリノフ教授の言い分も正しい。「数学も科学も論理学も全てギリシアの哲学から始まった。ギリシアの哲学がアラブからスペインに伝わり、ルネサンスが起こった。全ての学びは哲学から始まっている」のだ。

シリコンバレーの有力起業家もマリノフ教授のお弟子さんだという。政治や政府のアドバイザーのような仕事も少しづつだが始まっているという。意思決定の際に、リーダーが自分の原則を確立するのに役立つのが哲学である。決断をするときには様々な価値が頭をよぎる。経済的価値もあり、道徳的価値もあり、政治的価値もあり、組織全体の価値もあり、文化や慣習の価値もある。それらを統合して判断するときの礎になるのが哲学である。様々な価値における判断を詰めていき、その優先順位をつけ、決断をする。各種判断のつめ方と優先順位を含めた総合判断のスタイルの構築に役立つのが哲学なのだ。

アリゾナ州での哲学を活用した自治体の意思決定の事例が興味深かった。アリゾナ州では砂漠を超えて不法入国してくるメキシコ人が巨大な砂漠の中で毎日何人も死んでいる。その死体はその土地の持ち主が処理しないといけない。死体の処理は色んな意味でとてもつらい作業で、土地所有者皆がなんとかしたいと集まって話し合ったという。そこで不法入国者が水分補給ができずに砂漠の中で死なないように、砂漠の中で水飲み場を作るべきかとの議論になった。水飲み場を造れば彼らの多くは死なずに砂漠を乗り越えられる。

結論から言えば、水飲み場は作らないことになった。私にはこれはショッキングな話だった。作らない理由は、もし水飲み場を作れば、それがメキシコ側に知られることになり、その事実はさらに不法入国者が増やし、結果的に不法入国者が街にあふれてしまうだろうとのことだ。

人間倫理の判断を、街の全体利益が凌駕した判断だったようだ。水飲み場をおかないという判断をするのに皆相当苦しんだらしい。現実の話をするとこれは中央政府の怠慢のせいである。彼らが国境警備をちゃんとしないので地元が苦しんでいるのだ。国境警備をしないのは、ヒスパニックの票が欲しいオバマ政権が実質野放しにしているからだ。

このようなリーダーたちが究極の決断をする際のサポートが哲学の役割だ。自分にとって何がどう重要なのか?それはなぜなのか?これを自分で問い詰めていく作業から始める。私自身、究極の決断の毎日で、それを処理する原則を作ってきたつもりだったが、それを見直すとてもいい機会になった。

マリノフ教授がおっしゃっていたことで興味深いのが、集団知の素晴らしさ。「一人の天才的哲学者の知恵にはおのずと限界があり、6人の素人の議論で出される知恵の方が往々にして的確である」ということだ。決断者が自分が一人で考え抜くことも大事だが、数名で考え抜くことも大事という。

起業家や政治家が哲学者と語りながら自分のうちなる価値観と優先順位を詰めているのは一人でやるより有意義という点にあるだろう。私もマリノフ教授と向き合い問い詰めそれに答えているうちに自分の内なる本当の価値観が浮かび上がってきた。朝から哲学者と一時間半も徹底的に早口で議論して脳が疲れたが、心地よい疲労感だった。コンサルタントや心理学者のように答えや妙な理論で諭そうとするのではなく、答えを探る作業を一緒に行う。自分の考えが詰められていないことに多く気付いた

起業家も政治家も大きなビジョンを持っているからこそそれを正確に構造化していき、それを実行するための各種決断を詰めていきたいのだろう。

面白かったのが、アメリカでは哲学者と心理学者がロビイングでバトルしているという事実。「心理学は哲学から生まれた考えだが、今の心理学者の政治力はわれわれより強い」とマリノフ教授は笑う。哲学者とカウンセリングをしても保険が適応にならないが、心理学者の場合はなるという。

哲学を学部時代に専攻したものは各業界で引く手あまただという。「「知の構造化」の訓練を受けているから金融からコンサルまで何をやっても成功する可能性が高い」という。しかし、PhDまで行くと就職できるのは三分の一。三分の2はタクシー運転手になったり、バーテンダーになったり。「彼らのためにも哲学を実践の学問として作り直し、哲学者が世に役に立つ場所をより多く作っていきたい」とマリノフ教授。

マリノフ教授からは「自分の価値観を自分に問いただしてそれを詰めておくことの大事さ」を学んだ。これから日本は高齢化時代になり、生と死と向き合い、家族とは何かを考えていく機会が増えていくと思う。これは高齢者にとっても、高齢者を抱える家族にとっても大事な問いだ。

なかなか就職が決まらない若者や自分の目標が見つからない若者にとっては人生とは何か?仕事とは何かを問い続けることが当たり前になっている。企業もグローバルな展開が当たり前になり、異なる価値観の中で結果を出しながら、組織の一体感を保っていかないといけない。哲学の重要さはますます高まっていく。日本の哲学者にも同様の奮起を期待したい!

この記事は田村耕太郎のブログからの引用です