日本人と韓国人のルーツ

2013年09月16日 06:30

過去5週間にわたって、日韓問題や「歴史認識」問題について連続的に記事を書いた。この過程において、色々な人たちから色々な反応を得た事は、私にとっては収穫だった。私の目標は、言うまでもなく、日本人と韓国人が現在の異常な状況から脱却して、もっとお互いを理解し合い、親密になる事だが、現状ではこのきっかけ作りは相当難しそうだという事が、多くの人たちの頑な反応からも私なりに感じられた。


日本側には特に大きな問題はないと私は思っている。「売り言葉」に「買い言葉」どころか、始めから汚い差別的な言葉で喧嘩を売っているネトウヨ系の人たちは少数であり、日本人の普通の大人たちは概ね健全な考えで、「話せば分かる」レベルだ。しかし、韓国側からの発信にはあまりに常軌を逸しているものが多いので、これに対する反感からか、一般の日本人の思考の幅も狭まってきているのは事実のようだ。

私の主張は一貫している。日本側は最大限に公正を期し、礼を尽くした言動に終始し、韓国側がそれ以上何を言ってきても、事実と反する事は事実と反すると言い、論理が成り立っていないものはその旨指摘し、受け入れられない要求に対しては「受けられない」と返答すれば良い。「断固として拒絶する」等と言う必要はなく、拒絶する理由を述べて、淡々と拒絶すればよい。

欧米人も見ているから、ここは丁寧な対応が必要だ。日本はあくまで成熟した大人として、各方面への配慮に満ちた言動に徹するべきだ。そうしていれば、韓国側の言動が如何に子供っぽく筋違いであるかが、万人の目にも自ずと明らかになるだろう。同じレベルでの言い合いになると、こういう場合は、力の弱い側、被害者である事を主張している側に同情が集まるから、努めてそうならないようにすべきだ。

そもそも、日本は、北朝鮮を除けば、すでに世界中の全ての国ときちんと終戦処理を済ませているのだから、今更「あれは必ずしも侵略戦争ではなかった」などと言う必要は全くない。そんな事を言っていたら、自ら進んで何時迄も延々と過去を引きずる事になり、未来志向による行動が出来ない。

さて、今日はそんな事をあらためて論じる積りはない。かくも犬猿の仲になってしまった日本人と韓国人のルーツに今一度思いを馳せ、相互理解のきっかけを作るヒントを得たいと考えたのがこの記事の背景だ。箸休めの積りでお付き合い頂ければ有難い。

そもそも古今東西を問わず、血を分けた兄弟は仲が悪くなると相場が決まっているものらしい。英国は長い間ノルマン人(つまりフランス人)に支配されていたが、同じ血を引く両国の王家は長年にわたる「百年戦争」を戦った。この戦争では、海を越えてもともとの祖国だったフランスに攻め入った英国軍の方が優勢で、フランスの人口はこの為に1/3にまで減ったとも言われている。

ユダヤ人とパレスチナ人は今も争いが絶えないが、両者は共にセム人で民族的にはもともと兄弟に近い(エジプト人はハム人で人種的には少し遠い)。聖書には「ペリシテ人がどうした、こうした」という話が多いが、これにも見られるように、この二つの兄弟民族は、パレスチナ人の多くがイスラム教徒になるずっと以前から、既に争っていたのだ。

日本人と韓国人の遺伝子が、平均すれば極めて近い事は周知の事実だ。共にツングース系とそこから派生したと見られる騎馬民族系、及び南方系の混血で、言葉に至っては、中国以外のアジア全域に幅広く分布しているウラル・アルタイ語族の中でも特に近いグループに属し、文法的には殆ど同じだ。日本語と韓国語の違いは、スペイン語とイタリア語の違いよりは大きいかもしれないが、英語とフランス語の違いよりは小さいのではないだろうか?

日本と韓国の歴史を考える時には、大体三つの時代に分けて考えた方が良い。聖徳太子の時代、白村江の戦いの時代は、この最期「第三の時代」に当たり、その前には、気の遠くなるほどの長期にわたる「第二の時代」があった。多くの人たちがこの辺をごっちゃにして、ひたすら「どちらが偉かった」とか「どちらが強かった」とかの議論しているのは滑稽だ。

第一の時代は三万年前頃に遡る。当時は日本とは陸続きだったシベリアや現在の満州北部から、ツングース系の人たちが南下し、現在の日本列島に当たる地域に住み着き、原日本人となった。この人たちは、その後、高度な「新石器」や「縄文式土器」を発明し、主として海岸に住んで、豊富な海産物や栽培したドングリを食べ、かなり豊かな生活を送っていたようだ。この地域には南方から黒潮にのって流れ着いた人たちも住み着いたようだが、これは少数で、特に大きな軋轢があったとは認められない。

それから気の遠くなる程多くの歳月が流れて、紀元前二世紀頃になると、中国では漢の武帝が領土拡大に動いた。その結果として、韓半島で漢の遠征軍と戦って敗れ、行き先のなくなった人たちは、はるかに海を越えて次々に日本の西北海岸に逃れ、そこに新天地を求めたものと思われる。この人たちは、稲作、青銅器、鉄器と共に、それらを包含する「弥生式」と呼ばれる文化を持ち込み、各地で一つの勢力を作りながら、次第に原日本人と混血していったものと思われる(そうでなければ、突然「弥生式」という一大文化が生まれ、「縄文式」という異なった文化と併存していくわけはない)。

古事記や日本書紀に書かれているのは、遠い昔から色々な場所で語り継がれてきた伝承の貼り合わせだろうから、高天原から降臨した天照大神には、後に一大勢力になる色々な部族の「遠い昔に海を渡って来た祖先についての言い伝え」が反映されていると見るのが自然であろう。「日本は神武天皇以来万世一系の天皇が統べて来た」というかつての皇国史観を信奉する学者は最早おらず、「三王朝交代説」が現在ではほぼ定説になっているが、更に歴史をたどれば、韓半島から移住してきた弥生人に行き着くのは理の当然だ。

さて、原日本人は小さい部落に住む素朴な人たちだった筈なので、海を渡って来たこの不思議な人たちを別に外敵とも思わず、かなりスムーズに融合したのであろうが、重要なのは、この海を渡ってきた人たちが、日本人化した後も自分たちの父祖の土地である韓半島との何等かの繋がりを保ち、そこに残った遠い親類縁者たちとの交流がずっと保たれていたのではないかという事だ。その証拠となるものは、日本の北陸地方の特産品である勾玉の継続的な半島に対する輸出だ。三種の神器のうちでも、銅鏡や鉄の剣は輸入品だが、勾玉は国産品だった。

一方、この直前の韓半島と満州や遼東半島の状況はどうだったかと言えば、先住民のツングース系の人たちを北方からきた騎馬民族系の人たちが圧迫して、北東の挹婁と南方の三韓(馬韓、弁韓、辰韓)に分断していった時代であろうかと思われる。これらの騎馬民族系の人たちを、中国人は濊、貊などと呼んでいたが、貊と呼ばれていた人たちが先ず「扶余」を建国、そこから分派した人たちが「高句麗」を建国したと言われている。「高句麗」は、後に「扶余」を併合し、常に中国の諸王朝との抗争を繰り返しながら、次第に南進し、馬韓の人たちと融合して「百済」を建国したり、「新羅」に圧力を加えたりしていたものと思われる。

ここで興味深いのは「倭」である。膨大な量の中国の文献を通読して、中国人をも驚嘆させた民間の歴史学者、山形明鏡先生等が主張されるように、日本列島から海を渡って進出したとはとても思えないところまで「倭人」の痕跡があることから、「倭人」は必ずしも日本列島のみに住んでいた訳ではなく、韓半島の海岸沿いの色々な所に住んでいた「漁撈を得意とする毛色の変わった人たち」を意味したのではないかと思われる。京都大学の井上秀雄先生も、山形先生ほど過激ではないが、「倭人」は韓半島の南海岸一帯に居住し、百済、新羅、加耶などと境を接していたのだろうという説である。

さて、四世紀から五世紀になると、新羅と倭の度重なる抗争や、加耶(任那)地方を巡っての倭、新羅、百済の勢力争いが色々な記録に残されており、日本書紀に書かれている神功皇后の「三韓征伐」の伝承にも、その一端を窺う事が出来る。しかし、色々な事を読めば読むほどに、これらの抗争には、遠く海を越えてエイリアンが侵入してきたというよりも、「同一文化圏内での仲間内の争い」という色彩が強く感じられる。英国王が海を越えて父祖の国フランスに侵入したように、気候に恵まれた日本列島という新天地で勢力を蓄えた「もともとは韓半島にいた倭人」が、或いは遠い昔に日本列島に亡命していた「濊人」や「韓人」が、故郷での同族内の勢力争いに介入したという解釈の方が自然であるような気がする。

(多くの日本人が知っているのは、ずっと後の時代になって、「新羅」と「唐」の連合に対抗する為に、日本との軍事同盟を強く望み、その見返りとして先進的な文化や技術の日本への伝達に積極的に努力した「百済」の事であろうが、これは純粋に政治的な思惑によるもので、その昔の「新羅」と「倭」の度重なる抗争のような、生々しい「骨肉の争い」の匂いは感じられない)

私は、何故こんな昔話を長々と語ったのだろうか? それは、もう一度遠い昔に帰って、海峡を挟んで交流し、且つ骨肉の抗争をした「日本人と韓国人の関係」に、思いを馳せてみるのも有意義ではないかと考えたからだ。

大戦前と戦争中の一時期の日本による韓国の併合等は、この事を考えれば、ほんの一時期の出来事に過ぎない。平安朝以降は、全く別々の環境下で全く異なった歴史をもち、それ故に、全く異なった「それぞれの方向」へと分化していった二つの民族ではあるが、遺伝子的には極めて近いものを共有し、古代においては一つの歴史をも共有していた。その二つの民族が、現在のようにお互いに憎み合い、軽蔑し合って、まともな会話すら成立しない状態は、何とも奇妙と言わざるを得ない。

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