『切手でもうける本』の話

2013年10月15日 09:00

私、本の収集が趣味である。ほとんどが、哲学、歴史、法律等の学術専門書と文学書である。ただし、書架の一角に、珍本の部がある。そこに、『切手でもうける本』という不思議な本がある。


著者は米原徹夫という人で、切手経済社という会社が、1964年11月1日に、発行したものである。内容は、たわいのないものだ。この本が今日でも意味があるとしたら、内容にではなくて、1964年という発行年にあるのだ。いわずとしれた、東京オリンピックの年である。

私くらいの年齢の男性なら、大抵、子供のころに切手を集めたりしたはずである。正方形で、中心の丸に各種競技の図柄を配した、あの特色のあるオリンピック切手は懐かしい。

『切手でもうける本』は、両開きの装丁で、後ろ表紙から開けると、『1965年版切手投資カタログ』となっていて、切手の写真と値段が載っている。浮世絵、文化人、国立公園、国定公園、みんな懐かしい。値段を見ると、例えば、憧れの的だった浮世絵の「みかえり」は、2000円である。1964年の2000円は、極めて高価である。

この本、なにしろ、単なるカタログではなくて、投資カタログと銘打ってあるように、切手毎に「投資価値」の評価がついている。この「みかえり」、投資価値は、最上位の「三重丸」である。三重丸の定義は、「積極買い、人気がよい。品うす、これまでもぐんぐん上がって来たが将来も間違いない。あれば相場より多少高めでも買っておいて間違いない」ということだそうだ。この「間違いない」という表現などは、すごい。

さて、今、ネット上で切手の販売をしているサイトを覗くと、この「みかえり」は、状態のいいものだと1万円位するようだ。確かに三重丸をつけたのは正しかったようである。ところが、全体をみると、確かに価格上昇したものもあるようだが、オリンピック切手のように、ずいぶん値段を下げているものもあり、どちらかというと、「みかえり」は例外的、というのが実態のようなのだ。

実は、1964年のオリンピックから、1972年の沖縄返還のころまで、記念切手の価格の上昇を当て込んだ、切手ブームというか、切手バブル、切手投機があったのだ。それを背景に、この『切手でもうける本』が発行されたのである。そして、沖縄返還の後、バブルははじけた。なぜ、沖縄返還なのか。

要は、本土復帰により、琉球政府郵政庁が発行してきた沖縄切手が発行されなくなり、希少性がでるということを材料にした投機資金の流入が、まさに、沖縄切手バブルを生んでいたのだ。実に興味深いのが、沖縄切手買いを仕掛けた投機筋の一つが、『切手でもうける本』の出版元である切手経済社だったことだ。この会社、バブルのはじけた1973年6月に破綻したのだそうである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本紀行

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