櫻井さん。アニメや原宿ファッションを用いた文化外交を推し進めています。24カ国110都市を訪問して対外発信。外交官数十人分の役割を一人ドサ回りなのです。ナガトモ並みの運動量があります。
本書は逆にその運動から沸き上がった国内に向けてのメッセージ。中国、特に女の子たちが日本のポップカルチャーをいかに偏愛しているか。これに対し、日本側の認識と戦略がいかに乏しいか。クールジャパンなどと浮かれる前に、実態をちゃんと見ておけ、という警告書です。
日本のポップカルチャーや世界的な広がりを見せています。パリのジャパンエキスポは動員数20万人、バルセロナ「サロン・デル・マンガ」6万人、アメリカ・ボルチモア「OTAKON」3万人。
国際交流基金の調査では、世界での日本語学習者数は1998年の210万人から2009年の365万人へと急増したといいます。「その最大の理由がアニメ・マンガにある。」これは間違いないでしょう。
中でも中国市場をどうとらえるのか。大事なポイントです。
尖閣問題に揺れていたころ、重慶のアニメフェアを訪れた際、「日本の業界関係者が来た!」ということで櫻井さんがサイン会を毎日1時間開かされ、長蛇の列ができたといいます。
ぼくも尖閣で揺れていた時期に北京大学で講義をしたところ、数十名の博士課程の学生たちに日本のアニメ、マンガ、ゲーム、音楽についての質問攻めに会い、そんなにスキなら尖閣騒ぎ止めてくれ~と頼みました。
櫻井さんによれば、アニサマ上海では1万人の中国人が日本語でアニソンを熱唱していたそうです。しかも、中国人女子はオタクという言葉にも、いや、BLと腐女子をも誇りに思っているといいます。日本ではオタクや腐女子という言葉は自虐的に使われますが、肯定的なんですね。BL女子がとても元気だといいます。
こうした日本好きについての紹介は際限がありません。私のゼミにも何人も中国から留学生が来ていますが、みんなアニメやファッション、つまりポップカルチャーに憧れてのことです。ソニーやトヨタが目当てではありません。
しかし、情報がうまく流通していません。
「中国の「反日」デモが報道されることはあっても、その何倍、何十倍もの人が集まり、中国人自身が開催している、日本のアニメやマンガを中心にしたイベントが日本で報道されることは、ほぼない。」
「日本を愛してやまない中国のオタク女子たちは、日本にとって宝物のような存在なのである。だが、彼女たちの実像や気持ちが日本で紹介されることは、ほとんどない。」
「アニメやマンガを通して日本に好意をもってくれた世界の若者たちの気持ちに、日本人がもっと寄り添ってもよいのではないか。」
これが本書の本題です。
日本側の認識が不足している面はあります。例えば、日本は案外、自由だ、という点。
「海外の街を歩くと、世界はファッションに関して意外なまでに保守的なことに気づく。十代や二十代のファッションが存在しない、自分が着たい服で街に出ることができない。パリやニューヨーク、ミラノに暮らす若者たちは、自分の街がオシャレとは思っていない。でも、日本では自由に好きな服を着て街を歩くことができる。」
ぼくが出演するNHKクールジャパンでも、日本はファッションが自由だ、という外国人の声をよく聞きます。ホント日本って何着ても許されるよね、ってパンクファッションのアメリカ人やロリータっぽいフランス人が話してます。
子どもと大人の文化に明確な線引きがなくて、大人が子どもっぽくて子どもが大人文化に浸っているのが日本の一つの特徴だという話をぼくは繰り返してきました。ファッションにしても、欧米では子どもと大人の世界がぱっくり分かれているから、子ども服かレディースかになってしまい、ティーンズ向けというジャンルがなかったんですよね。
アスキーの福岡俊弘さんがかつて話していました。フランス娘が日本の女子高生コスプレをしているけど、そいつらに聞くと、「制服は自由の象徴だ」と答えると。日本では縛りつける象徴の制服が、子どもvs大人という西洋のくびきを解き放つ道具になっているんですね。
他の特徴も浮き彫りになります。例えば「多様性」。
「日本ファッションの潜在的な強さのポイントに “多様性” がある。しかし、日本人自身がそのことに気づいていない。」と櫻井さんは説きます。
そう、多様です。マンガもアニメもゲームも、こんなに多様なジャンルを生む国はありません。スポ根、SF、ギャグ、恋愛、学園、戦争、料理、経済、受験、金融、エロ、歴史、BL、理科、何でもあります。食べ物もそうです。こんなに各国料理のレストランが揃っている国はなく、和食、中華、イタリアン、インド、いろんな国のメニューを作れてしまう主婦がいる国はありません。
自由で、多様で、強烈に愛されている日本文化。
でも、自分自身が認識していないから、戦略も行動もダメ、というのが櫻井さんの主張です。(つづく)
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年10月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。