『統合失調症がやってきた』 松本ハウスに会ってきた。

常見 陽平
統合失調症がやってきた
ハウス加賀谷
イースト・プレス
2013-08-07



お笑い芸人松本ハウスによる『統合失調症がやってきた』(イースト・プレス)は衝撃的な闘病告白であり、復活までのドラマである。あなたは、愛する仲間が、重い精神疾患で苦しんでいたらどうするか?


松本ハウスは松本キックとハウス加賀谷の2人組。90年代に「ボキャブラ天国」などでブレイクした芸人だ。しかし、人気絶頂の中、彼らは活動を休止する。統合失調症を患っていたハウス加賀谷の病状が悪化したからだった。ハウス加賀谷は一時、精神科の閉鎖病棟に入るほどの闘病生活を送った。松本キックは、ソロ活動をしつつ、ひたすら相方を待ち続けた。

書評を書こうと思っていたのだが、TBSラジオ「Session-22」の控え室で彼らとマネジャーに会うことができた。ダメ元で対談を申し込んだのだが、彼らは快諾してくれた。というわけで、今回は対談形式でお届けし、統合失調症とどう向き合うかを考えることにしたい。

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■みんなが知らない統合失調症
常見:ご出版おめでとうございます。

松本キック・ハウス加賀谷:ありがとうございます!

常見:10万部、いや100万部売れてもおかしくない本だと思います。

ハウス加賀谷(以下、加賀谷):本当ですか?一筆、書いて頂けますか。「絶対、売れる」って(笑)。

常見:いきなり念書ですか(笑)。統合失調症は100人に1人が発症する病なんですよね。ただ、その実態はあまり知られていません。骨折などと違って、一見して分かる病気ではないですから。法定雇用率の対象と算定方法が変わることもあり、企業では人事部、管理職を中心にこの病気への関心が高まっています。この本をTwitterやFacebookで紹介したら、公開コメントではなく、個別のDM、メッセージをたくさんもらったんです。

「実は、私の妻は統合失調症なのです」
「私も弟が統合失調症で・・・」

そんな告白がほとんどでした。ぜひこの病気のことを皆に知ってほしいという声を頂きました。

加賀谷:当初、この本のタイトルは『よくある話です』が候補にあがっていたんですよね。本当、よくある話なんです。だって、100人に1人がなる病気ですし。隠す必要がないことだと思ったんです。僕が統合失調症だってことはデビューした頃は隠していたんですが。薬を飲んでいることがバレたらクビになるんじゃないかと思っていましたしね。

松本キック(以下、松本):ネットで検索するとわかることですし。ボキャ天に出ていた頃から知られていましたし。

常見:反響はどうですか?

松本:むしろ僕らのファン以外に届いているように思いますね。統合失調症の方、家族がそうだという方からは「よくぞ書いてくれた」という声をもらいました。精神科医の方が読んでくれて、お医者さんのメーリングリストで紹介してくれたんです。「絶対読め」って。

常見:どこが評価されたのです?

松本:「統合失調症というものが、これほどわかりやすくまとまっている本はない」と。あと、「周りにいる人は、どう接するべきか」が参考になる、と。

常見:実際、個人的に胸に響いたのは、加賀谷さんの病状がひどくなっていることに、松本さんが気づかなかったあたりです。遅刻を繰り返すとか、兆しはあったわけですが。その後、自殺未遂まで・・・。

松本:加賀谷が、いや、僕らが向き合ってきたことを伝えたかったんです。これは伝えないといけないな、と。

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■人はパートナーのことを意外に理解できていない
常見:この本は、松本キックさんが、加賀谷さんにインタビューする形式で書かれたのですよね。

松本:はい。その方がリアルかなと思ったんです。

加賀谷:語っていて、振り返ってみて、吐き気がしてトイレに駆け込んだこともありました。気持ちが悪くなって。本には、正直言って、読んでいて辛いページはあります。

松本:僕が、全然、加賀谷のことを知らなかったことに気づきました。「えぇ、そうやったんか・・・」って。

常見:松本さんは10年間、加賀谷さんのことを待ち続けたじゃないですか。

松本:待つしかないじゃないですか。

常見:こういう時って距離の取り方が大事ですよね。

松本:はい。あまりしつこく連絡してもダメだし。かといって、連絡しないのもダメだし。だから、いつも、そろそろいいかなとか考えて連絡とっていましたね。3ヶ月に1回くらい。

加賀谷:四季報みたいなもんです(笑)。でも、病院の中で「キックさん、大丈夫かな」って心配してました。

松本:お前が心配するんか(苦笑)。

常見:久々に一緒にやってみて、どうでした?

加賀谷:キックさん、上手くなってますね(笑)。

松本:どんだけ上から目線や(笑)。

常見:でも、きっと、「上手い」だけでなく、「深く」なっているんじゃないですか?

加賀谷:いや、深くもそうですが、太くなってると思いますね。

松本:お前の身体が、な(笑)。

加賀谷:でも、思ったんです。自分は自分。それでいいって。今の方が自分らしくお笑いできているように思います。復帰後は以前の姿を追ってしまって苦しんだ時期もありましたが、今は新しい松本ハウスになっているなと思います。

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■そこに、「居場所」はあるのか?
常見:この本で15年間のサラリーマン生活を思い出しました。職場は心の病で苦しんでいる人が必ずいて。うつ病と統合失調症は違いますが。

加賀谷:ええ。でもわかります。

松本:うつ病も20人に1人がかかる病気ですからね。

常見:ついには、私もメンタルヘルスの問題で倒れたこともあって。

加賀谷:・・・そうなんですね。

常見:加賀谷さんが倒れる前の気持ち、分かるんですよ。「居場所」を失いたくないっていう。調子が悪い自分を受け入れられない。会社は、それでも手放したくない居場所なんです。メンタルヘルスの問題は、もともと心が強いかどうかという問題だけではありません。屈強な元アスリートたちが職場で倒れていく様子もよく見ました。薬を飲むと、また身体が言うこと聞かないし。この本は、サラリーマンこそ読むべきだなって思いました。

松本:ぜひ、読んでもらいたいです。『半沢直樹』なんて読んでる場合じゃないですから(笑)。

常見:この本の裏テーマって、「はみ出し者として生きる」ってことだと思いません?

加賀谷:わぁ・・・。それは意識していましたね。僕らの頃は、お笑いって、最後の救いの場でしたね。グループホームを出た僕の最後の受け皿でした。最底辺です。「芸人になろう」と思った時点でドロップアウトだと思いました。そこには正の力と負の力があって。お客さんの笑いと拍手に感謝しつつ、世の中を見返してやりたいという屈折した思いがありました。

常見:反骨精神ですね。

加賀谷:いまは、もうふっきれていますね。

松本:主流じゃなくてもいいから、僕らは僕らで続けていきたいです。松本ハウスだけの世界を作っていきたいです。

常見:ネタバレですが、最後の「か・が・や・で~す」は泣きました。いや、泣き笑いしたっていうか。

加賀谷:ここで、生きていきたいです。ずっとここで。

松本ハウスは、僕が17歳で初めて手に入れた、居場所ですから。
(2013年9月2日 サンミュージックにて収録)
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