日銀の「金融抑圧」は持続できるのか

池田 信夫

きのうの記事でふれた金融抑圧という言葉は、このごろ金融業界でよく聞く。これはもともとは途上国で金利を人為的に抑制する政策をさす言葉として使われていたが、最近は先進国の公的債務をコントロールする手段として論じられるようになった。PIMCOも示すように、これは最近のヨーロッパで顕著で、短期の実質金利はマイナスになっている。


これは必ずしも意図したものではなく、金融危機から脱却するために各国政府が低金利政策をとる一方、インフレが止まらないために、実質金利がマイナスになったと考えられるが、これは政府債務を削減する効果もある。Reinhart et al.によれば、第2次大戦後のブレトン=ウッズ体制のもとで行なわれた金利規制は、30年代の恐慌から銀行を救済するためのものだったが、戦争で積み上がった巨額の政府債務を返済する効果もあった。

いま日銀がやっている人為的インフレによるマイナス金利政策も、このような金融抑圧である。岩田副総裁は「長期の実質金利がマイナスになった」と緩和の成果を誇っているが、これが事実だとすれば、日本の機関投資家は資産を減らす不合理な投資を行なっていることになる。これは一時的な不均衡状態としてはありうるが、長期的には持続しえない。終戦直後とは違って、今は国際資本移動が自由なので、マイナス金利の国からは資本流出が起こる。

「日本の国債の債権者の90%以上は国内だから大丈夫だ」という話がよくあるが、これは錯覚だ。対外債務がよく話題になるのは、それがグローバルな危機に発展するからで、図のように実際のデフォルトのほとんどは国内債務である。

キャプチャ
1900~2006年の政府債務に占める国内債務の比率(Reinhart-Rogoff

日銀の金融抑圧が維持されているのは、為替リスクを恐れてマイナス金利の国債を買っている邦銀のおかげだ。今は金融村の「空気」や世界的な低金利が辛うじて日銀の金融抑圧を支えているが、これからFRBが出口戦略をさぐって世界的に金利が上がり始めると、合理的な投資家は外債に逃避するだろう。こういう「空気」が出てくると、横並びで殺到するのも邦銀の習性である。

黒田総裁は国会で「出口戦略を考えるのは時期尚早だ」と答弁したが、このように無防備な状態では危険だ。今のままでは、邦銀は値下がりする国債を日銀に押しつけて海外に逃げることができる。それを日銀が買い増して200兆円を超える国債をもってから金利が大幅に上昇したら、国債が1割下がっただけで20兆円の評価損が発生し、国債費が倍増する。それがさらに日本国債のリスクを高めて金利が上昇する…というループに入ったら助からない。

一昨日の記事でも見たように異次元緩和には効果がなく、金融抑圧でこういうテールリスクを高めただけだ。もちろんそれはテールリスクだから、今すぐ起こるわけではないし、起こらないかもしれない。しかし起こった場合には、リーマンショックを上回る危機に発展するだろう。異次元緩和は、ハイリスク・ノーリターンの賭けである。