秘密保護法は、SNSによる「近代の否定」を阻止すべく発案される --- 佐藤 正幸

2013年11月09日 06:00

近代というのは何につけ、「集中から分散」という時代だったと感じる。

都市は労働の効率化を求め一極に集中し、労働が生み出した富は税金という形で再び政府がかき集め、交付税や社会保障という形で社会全体に配分する。

軍隊の場合も中央の参謀本部が情報を取りまとめて各部隊に指令を伝達する。各部隊は作戦を遂行することで命令に応え、作戦結果は再び参謀本部が収集し、次の作戦を立てる。


社会のあらゆるところに「集中から分散」が存在し、自然と上下のヒエラルキーも構築されていった。「集中と分散」は社会の階層化でもあったのだ。

ところがSNSの登場で普通の人たちも情報を共有することができるようになった。これまで一部の人にしか集中していなかった状況をある程度フラットにした。

これにより、ヒエラルキーが存在していたことに気づき、変えてゆくという機運が生まれる可能性がある。いやもう生まれている。

大袈裟に言えばSNSの役割は近代の否定ではなかったかと思う。こうして我々がネットメディアやSNSを使って山本議員やみのもんたへのオピニオンを作れるようになったのもある意味、近代的なヒエラルキーの破壊だ。中国共産党がSNSを恐る理由もここにあるだろう。自分たちが気付いたヒエラルキーが崩壊することを恐れているのである。

これまではメディアなり政治家なり権力主体が情報を一極に収め、発信していた。これによる階層化を進めていたわけだが、普通の人たちが発信主体になりつつある。もちろん、まだ全ての情報が個々人で集められているわけではないからまだメディアや政府機関に情報を左右されている部分もある。

しかし、最近ではこのメディアや政府機関でも一部の記者や公務員がSNSを使って情報をリークするということが発生している。疑いようのない近代の産物である国家がそのものが自壊しているのだ。

中央からメルトダウンを起こしている国家と近代を破壊しかねないSNS。この時代の行方は総じて近代の崩壊であると考えて間違いないが、次はどのような時代が来るのか。

この時代の流れを少しでも食い止めようとするのが今回の秘密保護法だとも考えられる。公務員という近代国家の構成主体に守秘義務を命じる。必要とあらば罰則を加える。

これによって近代崩壊が一時的に流れを緩めるのか非常に興味がある。

ただ、近代国家の構成員である公務員も実は一国民の顔も持っている。結局近代の最後は、近代そのものの良心に寄っているというのはなんとも前時代的な精神論になってしまうが、良心というものが唯一普遍性を持つものなのかもしれない。

佐藤 正幸
World Review通信アフリカ情報局 局長
アフリカ料理研究家、元内閣府大臣政務官秘書、衆議院議員秘書
Twitter@Tetsutochi
ブログ静かな夜にワインとビスマルクを

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