中国政府や東電を本気で恐る日本映画界の矛盾 --- 渡辺 龍太

アゴラ

先日、コメディ映画の鬼才、河崎実監督の最新作、「地球防衛未亡人(2014年2月8日公開)」の試写に行った。この映画は、檀蜜さん主演のギャグ満載の特撮怪獣物だ。しかし、単なるお笑い映画だと侮ってはいけない。尖閣、震災、放射能、米中との関係など、現在の日本が抱えるタブーに対して徹底的な風刺が効いており、上映中ずっと笑わせてくれる。その政治に対する風刺力の高さは凄まじく、日本映画というよりもアメリカ映画の様な雰囲気だった。


ところで、アメリカ映画には政治や外交を、面白くネタにする映画が沢山あるのに、日本映画には全くといって良いほど存在しない。ネットに政治ギャグを書き込むのが好きな日本人が、沢山いるのにも関わらずだ。今回、「地球防衛未亡人」の制作について、河崎監督の話を聞き、なぜ日本には政治風刺映画というジャンル自体が無いのかが良く分かった。

まず、映画を作るにはスポンサーが必要だ。この映画が、政治に切り込んでいるという事で、河崎監督は制作費出資を立て続けに断られてしまったそうだ。出資者をようやく見つけても、さらに苦難は続いたらしい。政治ネタを扱ってると言うと、即座に映画配給会社にも断られたそうだ。さらに、そういった問題を何とかクリアし制作に取り掛かれば、ロケ場所が政治ネタを嫌がって、その使用許可を貰えないという事態が頻発したらしい。最終的には完成に漕ぎ着けたが、30年以上に渡る映画監督生活のなかで、河崎監督が最も苦労して作った作品となったと言う。

こんな事が起きてしまう理由は何かと言えば、各社の自主規制の様だ。日本政府や中国政府、もしくは東電などの圧力がかかったという訳ではなく、「何かあったら嫌だから」という事で、「地球防衛未亡人」の制作強力を敬遠したというのが本当の所らしい。表現の自由に対して、最も敏感でありそうな映画人のこの様な姿勢には、実に落胆させられる。

さて、今月、特定秘密法案が可決された。その法律について朝日新聞で、高畑勲監督、降旗康男監督、山田洋次監督らが中心となって、表現の自由が犯される法律には反対だという意思表明をしていた。それに対して、大林宣彦監督、宮崎駿監督、是枝裕和監督、井筒和幸監督、吉永小百合さん、大竹しのぶさん、山田太一さん、ジェームス三木さんなど、総勢269人もの映画人が賛同者として名を連ね、日本映画監督協会などの著作者でつくる5つの団体も賛同した。

その反対声明は、実に滑稽だと言わざるを得ない。なぜなら、現在、法的根拠は存在しないのに、自主規制で河崎監督の表現の自由を縛ろうという日本映画界の現状を黙認している映画人に対して、何の説得力も感じないからだ。そもそも、映画人が新聞に表明するという、ほぼ労力のかからない手抜きをするのは如何なものか。どんな時も、作品を通じて世の中に訴えるのが、芸術家のはずなのにと思ってしまう。様々な苦難を乗り越えて、タブーに挑戦する河崎監督の姿勢を、269人の映画人はもっと見習うべきなのではないか。

さて、どう考えたって、表現の自由が保証されている日本において、映画で政治ギャグというジャンル自体がタブー視されている現状は、健全とは言えない。だが、既に書いた様に、それが出来ない事に対する法的な根拠は全く無い。なので、政治ギャグ映画で、何か一つでも大ヒット作が生まれれば、そんな下らないタブーは吹き飛んでしまうはずだ。そして、直ぐに様々な政治ギャグ映画が、我先にと作られ始めるだろう。そやって、現在の異常事態を崩す為にも、河崎監督の「地球防衛未亡人」には、頑張って大ヒット作となってもらいたい。また、河崎監督が苦労したと言うだけあって、内容も非常に面白く笑いが止まらないので、そのポテンシャルは十分にある作品だと言えるだろう。

(関連リンク)
地球防衛未亡人 http://cbm-movie.com/
秘密保護法「絶対反対の意志表明」 映画人らメッセージ http://www.asahi.com/articles/TKY201312030350.html

渡辺 龍太
WORLD REVIEW編集長
主にジャーナリスト・ラジオMCなどを行なっている
著書「思わず人に言いたくなる伝染病の話(長崎出版)」
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