「対米関係」は江戸期の長州藩を範とすべし --- 高橋 崇

2014年01月25日 18:07

日本人が日本人としての誇りを持ち、精神的に自立していくためには、先の大戦や東京裁判、靖国神社に対して正当な評価が必要だ。それを日本人の多くが自覚しなければならない。

そのためには、首相の靖国神社の参拝が必須であるという立場に賛成する。

参拝を首相の個人的な感情であるとか、経済面でのメリットのみで考える人たちは、このポイントを理解できていない。この立場に賛成か反対かは意見があっていいが、そういう考えがあるということは最低限理解しないといけない。


が、時に利あらずで、これ以上の参拝は国際政治や経済面でのデメリットが大き過ぎる。これについては、中韓との外交的競争に敗れたと見るしかない。より良い性能のいい製品が必ずしも市場で勝つとは限らない。

靖国神社への首相の参拝は正しい。首相は日本人としてのあるべき姿を国民に見せた。たとえるなら嵐の中、雨漏りをする屋根の修繕をしにいった。家を守るという父親としての姿を家族に示した。

その姿は最低限一度は見せないといけないが、これ以上の参拝は不要だろう。これ以上は危険すぎる。この一回の参拝の意義を、国内に広めていけば、冒頭の主旨は達成可能だ。

これからの日本はどのような立場を取るべきか。

これからは、江戸時代の長州藩の手法を見習うべきだ。

長州藩は、毎年元旦未明になると、筆頭家老が藩主に対し、「徳川討伐の支度が整いましたが、いかがいたしましょう」と言い、藩主は「時期はまだ早い」と答えていたという。長州藩では、江戸時代の200年以上こういうことを続けていたのだ。

この精神を見習うべきだ。形骸化した儀礼という批判はあたらない。なぜなら、長州藩は265年の雌伏を経て天下を取ったのだから。

先の戦争、アメリカとの関係で言えば、個人的には7-3か6-4で日本に理があると思うが、現在の国連の枠組みが示すように日本が汚名をかぶる形で決着はついた。

日本人の立場としては、

・先の戦争、どっちもどっち。日本にも十分な理があった。

・少なくともA級戦犯が悪とはいえない。

という認識でいいが、戦勝国の軍門に降ったのは確かだから、その枠組に挑戦する必要はない。

東京裁判の枠組みに挑戦するみたいな論評は今回出てきたものであって、これは中韓の外交広報レースの勝利。非常に残念なことだが、この外交広報レースで一敗地にまみれたことは認めなくてはならない。この敗北を今後どう活かすかだ。

アメリカも本音は、靖国神社の参拝なんてどうだっていいのだろうが、中韓が騒ぐからやめてくれといっているだけだ。子供にチョコレートをあげないという教育方針について否定するものではないが、どうにも子供がないてうるさいからチョコレートをやってくれよ。といっている程度のものだ。

今回は、譲歩していい。当面の参拝を自粛する声明を出してもいいだろう(もちろん、参拝に一定の理解を示す米政府見解・TPPなどの他の案件での譲歩あたりは得なければならない。中韓に対してもなんらかの譲歩は得るべき)。

靖国神社に参拝しなくとも、日本人が先の大戦や東京裁判、靖国神社に対していい面、悪い面も含めて正当に評価し、日本人としての誇りを取り戻すことができれば、それこそが本質的な勝利だ。

そして、これは、ほぼ国内政策の問題だ。参拝は自粛し、中韓は日本に関心が無くなる程度に、長年かけて距離を取る。日本人が過去について正当に評価さえすれば、いつか靖国神社を中韓から騒がれることなく参拝できる日も来る。英霊の多くは、三国干渉の日本政府の振る舞いを知っているだろう。英霊もきっと理解してくれる。

高橋 崇

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