■ある日おカネが消えた!
その事件は突然、起きた。
2月7日、仮想通貨ビットコインの大手取引所、マウント・ゴックスが引出し業務を停止し、25日には完全な取引停止にいたり、実質的に経営破たんになってしまった。マウント社の経営トップのマルク・カルプス社長の説明によると、時価総額465億円相当のコイン約85万枚が、ハッカー攻撃により突然コンピューターシステムから“消失”してしまった、という。
「申し訳ありません」と拙い日本語で言われたものの、この場にいた記者たちは、理解に苦しみ一様に首をかしげたに違いない。「ビットコインとはなにか?」「そんな簡単に消えてしまうのか?」
新聞紙上で紹介されたビットコインの説明は「インターネット上で取引する仮想通貨で2009年に登場した。円など既存通貨と交換できるほか、一部で物品の購入にも充てられるため、急速に普及が進んでいる」というものだ。確かにその通りなのだが、ビットコインとは一体どこにあって、誰が、どのように利用しているのか?などの疑問が次々に浮かんでくる。
■“先取り必勝”のマネーゲーム
ビットコインには、実は二つのステップがある。一つは、インターネット上で、ビットコインを“採掘”する、次はそれで得たものを、取引所で売買する。このふたつである。ポイントはこのマイニングと呼ばれる採掘だ。これはパソコン上で「ビットコインマイナー」というソフトをインストールして、そのうえで「ビットコインパズル」を解く作業し、うまく成功した人がコインを与えられる。
もちろん、このパズルは誰でも解けるわけではない。数学上のハッシュ関数とチェーン型署名の二つを組み合わせているので、統計数学の素養がないと無理だ。しかも採掘されるコインの数は2100万個と上限が定められており、一定数を超えるとパズルの条件のレベルが上がり、採掘は容易でない。
そして、受け取ったコインは取引所で、円やドルに交換できるほか、最近では買い物もできるようになってきた。利用の仕方もひろがり、この仮想電子マネーを巧妙に使い、実はアンダーグラウンドの世界でマネーロンダリング(資金洗浄)が行われているのではないかと疑われている。その匿名性を考えれば、そうしたグレーの世界もありうべしである。
さらに驚くのは、その価格の動きである。ビットコインの急速な浸透から、その価格は昨年年初の一個13ドルからなんと800ドルへと急騰した。早く採掘した人は、べらぼうな利益を得たわけだ。この仕組みは、コイン先取り必勝のマネーゲームと言ってもいいだろう。
■1000分の一秒で高速売買
ビットコインとともに、金融ITの世界で、最近その存在が論議を呼んでいるのが、HFT(ハイ・フリークエンシー・トレーディング)だ。これは市場の気配値や注文状況の変化をみながら、自動的に株式売買のタイミングや数量を決めて、発注するコンピューター・システムであるが、その最大の特徴は1000分の1秒単位の超高速の取引を繰り返すことだ。
ソチオリンピックのスキー滑降では、選手が100分一秒でメダルを争っていたのが目に焼き付いているが、1000分の1秒となると、人間の身体感覚を超える。ビットコインと同じ仮想空間の世界である。ミリ秒でのサヤ取り取引をするトレーディング専門業者やヘッジファンドが盛んに利用している。
HFTはすでに米国では株式市場の売買の約50%を占め、全世界に200を超える専門会社があるという。東京証券取引所では、いま一日の取引金額に占める海外投資家の比率は約6割だが、そのうち6~7割がHFTとみられる。
そもそもは機関投資家が大量の注文を一度に出し、価格が大き変動する「マーケットインパクト」を回避するために、注文をできるだけ小口に分けることがきっかけに普及した。だが、株式市場での存在はあまりにも巨大になり、初期の流動性を高めて、市場を安定させる狙いから外れて、最近は市場の激化要因になってきている。
特に、株価下落時に「下がったら売り」とコンピューター・プログラムをセット(アルゴリズム)したヘッジファンドは自らの売りが他の売りを呼び、それが自らの売りを誘うという悪循環にはまり、暴落を招いてしまう。まるでSF映画に出てくるような制御の効かなくなったロボットたちの暴走とそっくりだ。
アメリカで2010年5月に発生した「フラッシュ・クラッシュ」は、ダウ工業株価が、5分間で573ドルも急落し、その後1分半で543ドル急騰した。大手投信による大口の先物売りが、そのきっかけになったといわれているが、こうした激しい動きは証券市場そのものの信用を突き崩すことになる。
こうした中、HFTがインサイダーに利用されていないか、アメリカの捜査当局は調べ始めたし、著名な投資家ウォーレン・バフェット氏傘下の企業のプレスリリースを配信するビジネスワイヤー社はHFT向けの直接配信を打ち切ると発表した。このビジネス社の動きには、バフェット氏の助言があったとされる。
■新たなデジタルディバイド
一方で、取引所はこのHFTの流れに対応しようと、取引所へ発注するサーバーを取引所のホストコンピューターが設置してある同じ場所に設置して、1000分の1秒でも発注タイミングを早くしようとする「コロケーション・サービス」を展開している。
証券会社は、そうした動きに対応しないと、ヘッジファンドなどからの注文が取れなくなってしまうが、そのためには膨大なシステム投資がかかる。
兜町のある中堅会社のトップは「もうここまで高速コンピュータ取引が増えてくると、我々のような生身の人間によるアクティブなディーリングでは、到底太刀打ちできない」といい、すでに株式営業からの撤退する証券会社も出てきている。
個人投資家にとっても同じである。ほとんどの個人投資家は、ミリ秒単位の取引とは無縁の世界で、証券会社かオンラオイン取引を経由して市場に参加している。市場に影響を与えるニュースが出た時などに、他に先んじて注文をだせるのは、HFTを利用できるシステムを構築しているヘッジファンドや機関投資家などだ。金融市場では、いまグローバルな規模でデジタルディベイド(ITを使いこなせる者とこなせない者との間の格差拡大)が発生しており、これは市場参加者にとってかなり深刻な問題である。
■金融メルトダウンの予兆?
ニューヨーク、シカゴ、ロンドンなどの金融機関や証券会社が入っている主要データーセンター間では、HFT専用通信回線は光ファイバーを使っているが、最近はさらに速度の速いマイクロ・ウエーブなど無線通信やレーザー通信を導入する動きも出てきており、高速通信回線の勝負になってきている。こうしたとどまることのないIT技術の高度化が、金融市場のゆがみをさらに大きくする恐れがある。
管理通貨制度をきっかけにしたマネー経済の肥大化が、リーマンショックなどの金融危機を誘発した。それにもかかわらずQE3などによりグローバルマネーはさらに膨張しており、それが制御不能な金融ITとドッキングした時に何が起こるか?
ビットコインやHFTの動きが、メルトダウンに向かう金融市場の予兆でなければ幸いなのだが……。
宇和 吾郎
ジャーナリスト
編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年4月22日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。