都心賃貸マンション住民の災害時安全は誰が守るのか

江本 真弓

先日東京都心のとある地域の防災訓練に参加した。ここも年々参加者の高齢化が著しい。なぜ後期高齢者達ばかりが、簡易トイレの組み立てを実習し、消化訓練をしているのだろうか。


最近地方における限界集落が言われて久しいが、実は東京都心でも同様の現象があちこちで顕著だ。

東京の魅力といえば、ニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界でも有数の大都市ながら、格段に清潔で治安が良いことだ。またビルが立ち並ぶ合間に神社の杜があり、江戸の祭りも残っている。

なんのことはない。東京にビルとマンションが乱立しはじめたのは、ほんのかれこれ40年程度前のこと。山の手線沿線の繁華街と呼ばれる商業地(商業及びビジネスの街)でも、ビル街となる前からの住民が多少は残っており、細々と町内活動を維持し伝統を受け継いできた結果だ。

地元神社の祭礼を執り行う。神輿を出す。防災訓練、防災パトロール、落書きけし、地域清掃、交通安全、火の用心、ラジオ体操、花壇つくり、高齢者支援を行う。ローカル議員との関係を維持し、地域改善の要望を出す。

横断歩道ができる。信号機が設置される。歩道が整備される。公園が整備される。防災倉庫が出来る。警察が夜間見回りを強化する。有権者の票田である町内会の要請があってこそ、役所も動く。

しかし今やビルとマンションが立ち並ぶ都心地域町内会の多くは、縮小して平均年齢が上昇する一途。統廃合は時間の問題だ。

最近は都心回帰が言われるが、地価の高い都心商業地に建つのは高級分譲マンションもしくは単身者向け賃貸マンション。いずれの住民も地域共同体に積極的には加わらない。商店街も、チェーン店の進出が激しく連帯が薄れるばかり。

自治体の排他的体質及びローカル議員との癒着体質は確かに好ましくない。だがこのまま都心の自治体が廃れれば、地域の伝統も失われ、街の荒廃と治安悪化は避けられないだろう。東京の良さも風前の灯なのだ。

しかし東京の先行きの前に、マイナーながら気になる問題がある。

都心の賃貸マンション住民の安全は、誰が守るのだろうか?

地域の安全と防災は、地方行政の責任だ。しかし地方行政ローカル議員は、票田にならない賃貸マンション住民など視界に入らない。町会が廃れ賃貸マンション住民ばかりの地域の住環境など、誰が感心を持つだろうか。

そもそも日本の都市計画は、賃貸マンションの住民という存在を考えていない。国土交通省の区分所有マンション法は、自宅用分譲を想定して手厚い保護があるが、賃貸は想定されていない。
地方自治体では、町内自治に貢献しない特に単身者向けマンション住民を歓迎しせず、ワンルームマンション建設規制がある東京都区も多い。単身者向けマンションはほとんど賃貸住民、自用の場合でも町内自治に関わらないから、面倒を見きれないのだ。賃貸等マンション住民がどのように町内に在るべきかという問題の本質は考えられず、規制でお茶を濁すのが日本の行政だ。

もちろん賃貸マンション在住としては、街が荒廃すれば引っ越すだけだろう。それは賃貸マンション所有者側では問題だが、さしあたり賃貸マンション住民としての問題は、その前にいざ大震災が起きた時だろう。

マンションが無事なら部屋にこもってやり過ごせると考えるだろうか。が、東日本大震災の時の被災地のマンションのあちこちで、1Fの部屋に汚水が溢れ出た。震災で上下水道が止まっても、しばらくは屋上タンクから水が出る。上層階はトイレを使えるから使う。それが1Fトイレからあふれ出るというわけだ。防災訓練に参加すると毎度聞かされる注意だが、実際まずそうなるだろう。

町会が広域になれば、地域防災拠点も広域に散らばる。
地域に判る人がいなければ、自宅トイレが使えない場合、水及び食料の備蓄が尽きた場合、負傷した場合、どこへ行けばよいかわかるだろうか。
一時帰宅困難者の避難施設と地域住民の災害時避難場所の違いはわかるだろうか。
災害用トイレの施設があっても、知っている人間がいなければ使えない。全て数少ない高齢者の働きに頼ることになるのだろうか。
震災で火事が発生すれば、消防車は期待できず初期消火活動が需要だが、そのための消火栓及び消火設備は知っているだろうか。
例え地域の防災倉庫に準備はあっても、近隣住民の誰も使い方が分からなければ無いのと同じだ。

地域とのしがらみが無い軽さは、都心の単身者向け賃貸マンション居住の魅力の一つだが、地縁を持たないかりそめの住民であることは、また地域から守られる保証がない事でもある。それでも今までは影で支えてきた都心の町会は、限界集落化し地域の防犯防災維持が困難になりつつある。福島で原発事故が起きるまで、原発の安全対策不備が放置されたのと同様、この手の責任の所在と効果が見えにくいリスクは、日本の行政では何かあるまで対策されない。

とはいえ大震災があってからでは遅いだろう。と、我が身の安全に不安を覚えるならば、とりあえず都心に限らずどこの地域の賃貸等マンション在住単身者でも、身近な自宅付近の防災に関心を持ち、町内の掲示板に地域防災訓練の案内を見つけたら、参加してみることをお勧めしたい。

江本不動産運用アドバイザリー代表 江本 真弓