経産省の政策から産業政策の今後を考える --- うさみ のりや

アゴラ

大層なお題ですが、近くこのテーマで講演する予定もあり、今更ながら「産業政策というものは何か」ということを考えております。あんまり無責任に大上段に構えて知らないことを言うわけにもいかないので、とりあえず狭義に「経済産業省の政策」という範囲で考えをまとめているところなのですが、これがなかなか難しい問題です。考えてもしょうがないので当座足下経済産業省がどんなことをしているかということで、ここ最近の経産省の主要な活動なぞを眺めてみると

○クールジャパン機構の設立(官民共同の600億円規模のファンド創設)

○税制改正でベンチャーファンドへの出資の損金算入を可能にして、ベンチャー投資の活性化を促す

○貿易保険の戦争・テロリスクや資源取引リスクの対策強化

○中心市街地活性化の補助金の配分方針の見直し

○電気分野の小売参入全面自由化

○再生可能エネルギーの買い取り価格の見直し

○特許・商標など知的財産制度に関する見直し

など色々あるわけですが、この他にも実質的に政府内で経産省主導で仕切っているものとしてTPPの交渉や国家戦略特区等の特区政策や法人税減税などもゴロゴロ転がっています。また、新政策として注目されないですが産業界の重要なインフラとして粛々と制度運用が行われているものに、毎年数百億~数千億の赤字を出しながらも政治的・社会的事情で続けざるを得ない中小企業信用保険業務や、事業再生の支援、そして先端産業技術の開発や地球温暖化分野での交渉等があるわけです。こう見てみるとやってることが大変幅広くて、何をやっているかわからなくなるわけで、ではこの組織のミッションというものが何なのか、という点まで立ち戻ってみると、一応経産省の大元となる経済産業省設置法には以下の通り書いてあります。

経済産業省設置法第三条 

経済産業省は、民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ることを任務とする。

そんなわけで建前としては経済産業省は経済の発展とエネルギーや資源の確保を主要な任務としているわけですが、色々やってる割には、ここ20年の日本経済の状況は余り芳しくないわけで、エネルギーの安定供給に関しても東日本大震災以後達成が危ぶまれているというところです。それも当たり前の話ではあって、経産省が持っている政策資源は、せいぜい8000人前後の職員なり、1兆円弱の予算なり、エネルギーや知的財産分野での限定的な権限なりといったものにすぎず、こうしたたいそうな目標に対して少々貧弱すぎるわけです。

実際資本主義社会において経済官庁が余り偉そうな顔をしているというのも大変不健全な話なわけで、これが正しい姿のように思えます。一応対外的には経済産業省は「日本の経済政策の司令塔」なる顔をしているわけですが、本当のところでは主従は逆で「経済界に上手いこと使われている」というのが実態なのでしょう。別にそれが悪いことではないですし、この日本社会では企業が前面に出て政治的な主張をすると後から世論なり政治なりで後から痛いしっぺ返しをくらうことが常なので、経済産業省というバッファーが間に一枚挟まることもそれなりに意味があるとのことで存在が許されているのでしょう。

ただまぁ「経産省は経済界の代弁者という受動的な存在にすぎないのか」というと最近はそれだけでもななくなっている気がして、予算なり法律なりといった政治に翻弄される政策手段に加えて、昨今産業革新機構なりクールジャパン機構なり自らのファンドを持つことで「投資」という政策手段を手にしたことで、大きく変容しつつあるような気がしています。少なくとも産業再編やベンチャー振興に関しては前面に出るような格好になりつつありまして、残念ながらその分野における強力なプレーヤーが存在しない日本の資本市場では、こうした官製ファンドの存在は歓迎されている状況にあります。産業革新機構の出資先は、ジャパンディスプレイやルネサスのような大企業から、メモリー開発や小型風力発電や結核ワクチン製造といった技術開発型ベンチャーから、電子書籍の著作権管理やモバイル決済のプラットフォームなど多岐に渡っています。

(産業革新機構の投資案件一覧:http://www.incj.co.jp/investment/deal_list.html

こうした経産省の変容の背景には「民間活力」なるものに期待し続けて、経済界のことを慮って規制緩和政策を進めてきたものの縮小均衡のリストラを繰り返す経済界に失望してきた官僚と、一方で民間側で同じ光景を間近で見て来た大手コンサルティング会社と、電機分野等での事業再編を望む金融機関の思惑が重なったというところがありまして、当時経産省の中にそういった方面の方々が企みにきていたことを思い出します。今振り返るとエルピーダへの資金注入というのが変化の第一歩だったような気がします。ジャパンディスプレイやルネサスの足下の動向を見る限り今のところこうした方面への転換は上手くいっていると見てもよいですし、政府の財政状況を見ても予算の先行きは暗いので。この「予算から投資へ」という方向への変化は加速するように思えます。

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(国交省HPより)

あまり先のことを言うと鬼が笑いますが、こうした官民ファンド創設の最終的に行き着く先は巨大なインフラファンドのような気がしまして、そこにGPIFの巨大な資産が流れ込む未来が起きるような気がします。その時の主役は経産省ではなく国交省なのかもしれませんが。今後数百兆円規模で更新が求められる、橋梁や道路や地方公共施設を含むコンプレックスなど格好の投資対象でしょう。こうしたものが予算事業で行われる時代は終わり、インフラ政策は産業政策に飲み込まれるんじゃないでしょうか。年金側も現状の国債中心の運用では到底目標とする運用利回りを上げないといけない一方で、株式市場で使うには規模がデカすぎるという事情もありますし。

portfolio_fig_01GPIFの

(http://www.incj.co.jp/investment/deal_list.html)

そんなことを考えると、産業政策において経済界の代弁者という受け身の性格は依然として残るのでしょうが、今後は政府財政や日本の産業構造自体の行き詰まりを背景に官庁が投資機関としての性格を帯びて前面に出てくる中で、GPIFの運用利回り向上等至上命題もからんで産業投資政策とでもいうものが各行政分野に浸食していくものと勝手に思っております。

ごちゃごちゃしましたが、ではでは今回はこの辺で。


編集部より:このブログは「うさみのりやのブログ」2014年6月04日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はうさみのりやのブログをご覧ください。