産経新聞の大本営発表:アジア安保会議で靖国に拍手という誤報

站谷 幸一

31日の産経新聞は、安倍首相の靖国参拝を正当化する発言に対して、アジア安全保障会議の参加者が拍手喝さいを浴びせたと報じた。しかし、残念ながらこれは誤報であり、まったくの間違いだ。


この場に参加した、安全保障問題の大家である神保謙(慶應義塾大学准教授)氏は、以下のように産経新聞の報道を否定している。

実際、安倍首相の演説は以下の動画で確認できるが、

動画の34:55以降の質問、36:06以降の総理の回答を見れば明白なように、「先の大戦で日本軍に中国人は殺された。その魂にどう説明するのか」という中国軍人の質問に対して、「法を順守する日本をつくっていくことに誇りを感じている。ひたすら平和国家としての歩みを進めてきたし、これからも歩みを進めていく。これははっきり宣言したい」と安倍首相が答えたものであり、その直後に拍手が起きていることから、どう考えても靖国問題に対するものではない。あくまでも(戦時中の日本と違い)平和国家として歩むという発言に対してであって、逆の文脈と考えるべきだ。そもそも靖国参拝云々は冒頭で触れただけであって、その際には拍手は起きていない。

また、残念ながら動画の37:40頃を見ればわかるように、産経新聞が「拍手に包まれた」と言うほどのものではないこともわかる。拍手は全体ではないし、一部のに引きずられるように起きたと言うべきだ。

そもそも、現在の国際秩序がどのように成立し、日米同盟自体が日本が東京裁判の結果を受容したサンフランシスコ講和条約とセットで締結された日米安保条約に基づくことを自覚し、現在の情勢についてのリテラシーが少しでもあれば、現在の困難な状況で外国の首脳が靖国発言に拍手をするわけが無いことくらいは誰でも分かる。

また、現在の中国のアサーティヴかつ攻撃的な行動は、あくまでも現在の日本の立場に有利に働くのであって、過去の日本の行動を肯定するものでもないことも自明である。

にもかかわらず、アジア安保会議で靖国発言に拍手喝さいというのは、ねつ造記事と言われても仕方がない。
「国民を正しい方向に導くべきだ」等という中国や北朝鮮の指導部が考えているような事を言うつもりは全くないし、そもそも言論というのは自由であるべきだ。あくまでも国民の良識による自由競争でその適否は判断されるべきである。

しかし、それは「正確な事実」に基づいてこそであって、不正確な事実で自由に書くのであれば、美味しんぼの鼻血云々と産経新聞はどこが違うのだろうか。国民の現在の状況に対する不安に付け込んで、一部の内向的な国民の為に気持ちの良い嘘をついて、多くの国民を騙すのであれば何らかわるところがない。

また、今回の安倍首相は、産経新聞があまり報道しない点でよくやったと批判的な私でも思うし、そういう点で幾らでも肯定的な評価も可能なのだから、産経新聞は安倍首相を支援したいなら、そういう点をこそ重点的に報道するべきではなかったのか。

産経新聞の訂正報道を切に望むものである。

付記
一次情報を確認せず、ハフィントンポスト等の市民ブロガ-は、この報道を真に受けて拍手喝さいしているが、早々に訂正するべきだ。一次情報を確認出来ないのは問題外だが、過ちは誰にでもあるものであって、気に病む必要はない。問題なのは、裏取りをしないこと、過ちを認められないことなのだ。

站谷幸一(2014年6月5日)

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