社会人になるとき知っておきたい「分業」のこと --- 高橋 大樹

2014年07月01日 19:19

本稿と次稿では、アダム・スミス、カール・メンガー、フリードリヒ・ハイエクという3人の経済学者の議論を用いて、将来の働き方を考えるための基礎となりうる「分業」の概念を提示していきたいと思います。

「人の働き方は、いまの子供たちが大人になるときまでに変わっていく」という意見が聞かれるようになっています。例えば、『ワーク・シフト』の著者リンダ・グラットンは、月曜から金曜の朝9時から夕方6時以降まで働いて週末に休むという従来の生活から、家族や同僚などが普段から協力してバランスと意義と経験を重んじる働き方・生き方へと次第に移行していくことを予想しています。


従来の働き方の主な問題点としては、所得を得る目的であっても仕事に追われると自分をすり減らしてしまうこと、主な余暇時間の過ごし方が受動的にテレビを視聴することに限定されること、などが挙げられています。これに対し働き方の未来像としては、男性が育児に参加するなど職業生活のなかに私生活の要素を持ち込むこと、女性が企業などで要職に就くこと、スポーツや文化活動や市民活動により多くの時間をあてること、頻繁に友人と会いリフレッシュすること、などが描かれています。

現在の働き方や余暇の過ごし方に多くの人が満足できているのであれば、問題はないようにも思われます。しかし、仮にグラットンが描くような働き方の未来に魅力を感じる部分もあるとか、可能なら子供たちには将来そうした働き方をして欲しいと考えるのであれば、私たちは何を変えていく必要があるでしょうか。

社会科学には、「あるグループの社会的な行動のパターンを効果的に改善する唯一の方法はその個々のメンバーを導いている思考様式(無自覚に従っているルール)を改善することである」という理論があります。また、その思考様式は育てられる文化的環境や特に教えられる言葉を通じて伝えられるものであり、そうやって伝えられたものの見方の中で私たちは無自覚に行動しているので、それを変えることは必然的に時間のかかる課題になると考えられています。

例えば、勤務時間を長引かせる要因としては、上司より先に帰宅すべきではないとか、顧客に言われたことには多少の無理をしてでも応えるべきだといった思考様式が考えられます。しかし社会科学の分業の観点から見れば、「上司」や「顧客」と呼ばれている立場の多くは、同じ最終消費財を生み出す過程で互いに補完的な仕事をする協力者でもあります。その知識や能力や実績に敬意を払うのは当然であるとしても、その立場自体を権威づける必要はないのかもしれません。

また、仕事上の競合相手とはゼロサムゲーム(相手の利益が増えればその分だけ自分の損失が増える勝負)の関係にあるというのが一般的な考えだと思われます。しかし、次稿で見ていくハイエクの見方はそれを否定します。経済活動の競争は、「それを実施することで他者の必要をうまく満たせるのが誰なのかがはじめて見えてくる」という点ではスポーツや試験に似ていますが、「ルールに従ってプレーが行われることで共同出資分が拡大していき、技能と運に委ねられてその分配が決まる」という点でゼロサムゲームではないというのです。私たちは「競合企業の商品は絶対に買わない」ということまでしなくてもよいのかもしれません。

上述の3人の経済学者の議論を現在の私たちの経験の中で捉え直すと、いまより少し緊張を緩めた社会生活を送れる可能性が見えてくるように思われます。特に、「ある時間その場所における具体的な状況に関する知識が社会の経済活動にとって重要である」というハイエクの洞察は、グラットンの要求する高度な専門技能・知識の習得を必ずしも行わなくても、社会的に意味のある仕事を増やせる可能性を指摘していると考えます。以下、アダム・スミスの議論からはじめて、今回はカール・メンガーの議論まで見たいと思います。

アダム・スミスは、私たちの多くが「分業と交換に基づく社会への参加」を前提に生活している理由として、それが「自給自足」よりも社会全体の労働の生産性を飛躍的に向上させうることを指摘しました。つまり、分業と交換により個々人の技能や技術の水準が向上し、かつ生活を豊かにする労働を行う人の比率が高い場合には、働いていない人や低所得者でも、途上国では考えられないほどの財やサービスを消費できるようになるというのです。

アダム・スミスはまた、1つの最終製品だけを見ても、原材料の生産や製品を作るための機械の製造など、その工程がさまざまな仕事に分かれていることに注目しました。カール・メンガーはこの点にさらなる光を当てるために、「財の次数」という概念を提示しています。ここでの財とは、「人間の必要を満たすことの因果のつながりの中に置けるもの」として定義されますが、そのなかには人間の必要を満たすことに直接使われる「消費財」または「1次財」と、人間の必要を直接満たしはしないが1次財の生産過程のどこかで使用される「生産手段」または「2次財、3次財、4次財、…」との区別が見られるとされています。

例えば、パンをそれ以上手を加えずに食べる場合にはパンを1次財とみなすことができますが、その生産のために使われる2次財、2次財の生産のために使われる3次財、3次財の生産のために使われる4次財までについて、メンガーは例を以下のように挙げています。
1次財: パン
2次財: 小麦粉、燃料、塩、パン作りの器具・機械、器具・機械を使う技能、等
3次財: 製粉機、小麦、ライ麦、小麦粉作りの労働サービス、等
4次財: 穀物を育てる畑、耕作用具・機械、農業者の労働サービス、等

この財の次数という概念の提示により、採集狩猟経済(または小さな部族社会)の分業と発展した交換経済の分業との違いが次のように示されました。つまり、前者では自然が与えてくれる低次の財(通常はおそらく1次財と2次財)を獲得することにその活動を限定するのに対し、後者ではより高次の財の創造・利用へと人びとの活動を徐々に拡張させ、そのうえでそれらを最終的な1次財の生産と人間の必要を満たすことに間接的に向かわせるというのです。

メンガーは「架空の財」の存在にも注意を促しました。分業が進んだ社会では、一部の人間がそう考えているだけで実際には人の必要を満たす力がそのものに備わっていなかったり、現実には人の必要を満たすことにつながらない労働が行われたりする場合があります。また、以前は人の必要を満たすことのできていたものが、できなくなることもあります。人間がより高度な文明を実現するにつれて、架空の財やサービスの数は徐々に減っていくことになる、とメンガーは予想しました。

以上のポイントを要約します(上で省略した部分を補足しています)。

  1. 社会の働き方を変えるには、文化的環境のなかで身に付けられた思考様式を変えていく必要がある
  2. バランスと意義と経験を重視する社会生活が望まれるのであれば、経済学の「分業」の概念をあらためて理解することが重要である
  3. 分業と交換に基づく社会では、人はあるグループの人びとに対して彼・彼女らの必要を満たすための労働サービスを行う一方、自分自身は別のグループの人びとから労働サービスを受けることで自らの必要を満たしている
  4. 「分業と交換に基づく社会への参加」がなければ、人は「自給自足」を行わなければならなかった
  5. 働く人の多くは他者の必要を満たすことに間接的に参加しており、実際に会ったことのない人たちとも協力しながら、実際に会ったことのない人びとに貢献している
  6. さまざま理由から、自分の労働が他の人たちの必要を実際には満たしていなかったり、満たせなくなったりすることがある

分業と交換に基づくこの大きな社会では、人びとの一部の期待はどうしても裏切られることになります。つまり、社会生活にはある程度の失望や失敗はつきものです。ハイエクはこの事実を受け入れる必要性を説いたうえで、それが個人にあまり大きな負担にならず、かつより多くの参加者の必要や期待が満たされていく社会を目指していたと考えられます。次回はこの点を書きたいと思います。

髙橋 大樹
twitter: @takahash_hiroki

6月14日発売の@渡部直樹編著『企業の知識理論:組織・戦略の研究』(中央経済社)の8章「暗黙的知識の利用と企業におけるリーダーシップ」を担当しています。「企業における知識」というテーマに対し、組織の経済学、進化経済学、資源ベース論、マーケティングなどの各領域から取り組んでいる書籍です。

(日本経済新聞の6月22日(日)の第1面に広告が掲載されています。)
(同紙の7月6日(日)の「読書人へのおすすめ」に広告が掲載されます。)

@前回の投稿のすぐ後に、仕事をしている平日の夜遅くにもかかわらず、感想とアドバイスを長文でメールしてくれた友人の亀井辰彦君に感謝します。ありがとうございました。

【参考文献】
Hayek, F.A. (1948), Individualism and Economic Order, The University of Chicago Press; 西山千明・矢島鈞次監修,嘉治元郎・嘉治佐代訳(2008)『個人主義と経済秩序〈Hayek全集〉』(春秋社)
Hayek, F.A. (1967), “Kinds of Rationalism”, in Studies in Philosophy, Politics and Economics, The University of Chicago Press, pp. 82-95; 嶋津格監訳,長谷川みゆき・中村隆文・丸祐一・野崎亜紀子・望月由紀・杉田秀一・向後裕美子・登尾章・田中愼訳(2010)「二つの合理主義」西山千明監修,嶋津格監訳『哲学論集〈Hayek全集〉』(春秋社)に所収
Hayek, F.A. (1976), Law, Legislation and Liberty: Volume 2 The Mirage of Social Justice, The University of Chicago Press; 西山千明・矢島鈞次監修,篠塚慎吾訳(2008)『法と立法と自由Ⅱ 社会主義の幻想〈Hayek全集〉』(春秋社)
Menger, C. (1871), Principles of Economics, Trans. by J. Dwingwall and B.F. Hoselitz, Ludwig von Mises Institute, 2006
グラットン, L. (2012), 『ワーク・シフト』, 池村千秋訳, プレジデント社
スミス, A. (2007), 『国富論:国の豊かさの本質と原因についての研究』上, 山岡洋一訳, 日本経済新聞出版社

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