神はどちらの祈りを聞かれるか --- 長谷川 良

アゴラ

2人のボクサーが神の前で祈っている。1人は対戦する相手ボクサーとの試合に勝てるように神にお願いしている。一方、もう一人のボクサーも同じように相手をKOで破ることができるように神にとりなしを願っている。賢明な読者に聞きたい。神はどちらのボクサーの祈りを聞き、その願いを成就されるだろうか。


話はサッカーの第20回ワールドカップ(W杯)のドイツとアルゼンチンの決勝戦に移る。ブックメーカーの予測では準決勝でホスト国ブラジルに7対1と歴史的大勝したドイツチームが少し有利とみている。独チームのレーヴ監督は選手が準決勝の大勝で浮かれないように釘をさす一方、決勝の相手がオランダではなく、アルゼンチンとなったことを密かに喜んでいるという。一方、アルゼンチンはスーパースター、リオネル・メッシを中心に結束を固めてきた。

ドイツ対アルゼンチンの決勝戦を前に、落ち着かない2人の老人がいる。ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王と前法王べネディクト16世だ。アルゼンチン出身のフランシスコ法王はサッカーファンで有名だ。7月13日の試合をバチカンでTV観戦するだろう。公務があって観戦ができない場合、「少なくとも、試合結果を随時報告するように付き人に求めるだろう」(バチカンのロムバルディ報道官)という。一方、前法王べネディクト16世はドイツ出身だ。ドイツ対アルゼンチンの試合ではもちろん、ドイツを応援するだろうが、同16世がその夜、バチカン内の修道院でTV観戦するかは不明という。ロムバルディ報道官によると、前法王は通常夜更かしをせず、早めにベットに付くから、欧州の現地時間夜9時から開始される決勝戦を観戦できないかもしれない。

先述した2人のボクサー選手のように、2人の法王が密かに出身国のチームの勝利を願い、祭壇の前にひざまづいて祈った場合、神は果たしてフランシスコ法王の祈りを聞かれるだろうか、87歳で余命いくばくもないドイツ出身の前法王に同情し、その願いを成就するだろうか、という興味深い“神学的な”問題が出てくる。ドイツが勝てば4回目の優勝、アルゼンチンは3回目だ。神は優勝回数の少ないアルゼンチンに肩入れされるかもしれない。それとも、チームワークが良く、規律のあるドイツ・チームに軍配を上げるかもしれない。

ところで、準決勝のオランダとアルゼンチンでも同じような状況が起きている。オランダのアレキサンダー国王の王妃はアルゼンチン出身のマキシマ・ソレギエタ王妃だ。2002年の結婚時、王妃の父親が軍政権時代に閣僚として国民への弾圧に関っていたということから、「結婚相手としては相応しくない」といった声が王室関係者ばかりか国民の間からも聞かれた。王妃は結婚後、オランダ社会に溶け込む努力をする一方、3人の娘を産み、オランダ社会の人気者となった。

アレキサンダー国王と王妃が準決勝のアルゼンチン対オランダを応援したが、一緒に観戦することを控えたというニュースが流れた。王妃は「私はオランダ国王の王妃だ。オランダに勝ってほしいが、母国アルゼンチンのチームを見捨てるわけにはいかない」という。2人は結局、寝室を別にし、それぞれがTV観戦で応援したといわれている。試合結果は女王のアルゼンチンがPK戦で勝って決勝に駒を進めたわけだ。

人はローマ法王でなくても「祈る存在」だ。キリスト教徒でなくても、人は心の中で常に「あれをしたい、こうあってほしい」と念じている。神はその度、その祈り、願いに耳を傾けられているだろうが、その祈りの内容が2人のボクサー、ローマ法王と前法王、そして国王と王妃のように、対立する内容が含まれている場合、どうされるのだろうか。一方を応援すれば、他方は苦しみ、嘆くだろう。「愛の神」は常に苦しい選択を強いられていることになる。

結論を急ぐ。当方はジャン・カルバンの予定説を信じていない。神はドイツ対アルゼンチンの決勝戦には直接関与されないと考える。だから、全知全能の神自身もどちらのチームが勝利するか試合が終わるまで分からないのではないか。サッカー試合でも大学合格祈願でもその願いが成就するかは結局、当事者の努力とガンバリ、そして時の勢いにかかっていると信じる。「それでは、神に祈っても意味がない」といわれるかもしれない。そうではないだろう。ガソリンがなくなれば、自動車が走らなくなるように、霊的なパワーがなくなれば、人は平静さを失い、踏ん張りが効かなくなる。祈りは霊的なパワーだからだ。

人は神のロボットではない。神がそうであるように、人もその能力を磨き、夢を追及する自由が与えられている。それゆえに、勝利すれば嬉しく、敗北すれば悔しいのだ。夢が実現すれば、天にも上がる気持ちになるわけだ。サッカーの試合の行方について、神に問うのはよそう。ピッチでボールを追う選手たちの動きに心を注ぎ、観戦しようではないか。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年7月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。