カラーテレビの思い出 --- 中村 伊知哉

2014年07月21日 11:18

まだ幼稚園児だったでしょうか。佐藤くんという友だちが、ウチのテレビはカラーだといばる。それはすごい。当時エノケンさんの「ウチ~のテレビにゃ色がない」というCMが流れていて、私もよそんちのカラーをうらやむエノケン状態だったので、佐藤宅にいそいそと出かけました。

で、一緒に「マグマ大使」を見ました。佐藤くんが「いや~キレイだなあ」とうなるのですが、私には一向に色が見えない。マグマ大使の金も、モルの銀も、ゴア様の青も、どれもウチのテレビと同じで白黒なのです。でも佐藤くんは、画面に「カラー」と書いてあるからカラーなんだと言い張ります。それはウチのテレビにも出てるんだけどな。


なんのことはない、カラーをせがむ佐藤くんが、ウチのは天然色なのよとお母さんに適当になだめられ、見えぬものが見える裸の王様になったというか、心頭滅却して白黒にも色を読む力を体得したというか、要するに私からみればウソつきだ、というのはその直後に始まった「ウルトラマン」をカラーで見てわかったのでした。衝撃でした。

木村太郎さんと放送技術の話をしていたら、「必要は発明の母と言うが、テレビはずっと発明が必要の母だった」とおっしゃいました。カラーテレビが登場した頃、NHKの報道現場では、ことさら色を見せようと、花のニュースばかりになったとか。

ハイビジョンによる高精細化・大画面化、衛星やケーブルによる多チャンネル化、ビデオやDVDによる番組の商品化、ネットの登場によるコンピュータとの融合。まずは技術が登場して、そこから新しい表現や演出や企画がひねり出されていく。これからもそうなのでしょう。

地デジも新しい発明です。これでもか!というぐらいに画面がキレイになりました。ワンセグでケータイでも見られるようになりました。ボタン操作でデータ放送が使えるようになりました。4K衛星放送が始まって、これでもか!これでもか!というぐらいに画面がキレイになるといいます。

だけど、どうでしょう。新しい放送技術は、カラーが登場したときを上回る衝撃をもたらしてくれているでしょうか。ぼくがカラーに出会ったのは幼少期だったので、ことさらショックが強かったのかもしれません。でも、それだけではなさそうです。

恐らくテレビは、デジタルという発明を、まだ必要の母として認めきれていません。もっと面白く、豊かな表現や企画をひねり出せます。スマートテレビの新機軸はこれから生まれていきます。ぜひ強い衝撃を与えていただきたい。
 
「4K」テレビが売れています。画素数がハイビジョンの4倍ある、つまり、4倍キレイなのだといいます。地デジで十分キレイになったと思いましたが、欲は尽きません。もっとキレイで大きな画像が欲しい。壁いちめんを美しいテレビにしてしまいたい。4Kテレビ向けの放送はサッカーW杯まで始まらないというのに。じゃあ何を見るの?ネットの映像だといいます。テレビというより、大きなパソコンですね。

しかも、もうその次の、ハイビジョンの16倍キレイな「8K」というテレビも登場しています。放送の本格化は東京五輪のころだそうです。目の前に置かれた実物よりキレイってな具合の、映像の極致。家の壁よりも大きなサイズで見てみたい。家で見るより、巨大街頭テレビでみんなで騒ぎたい。テレビというより、映画ですね。

いや、しかし近頃どちらかというと、画面は小さい。茶の間のテレビにはチャンネル権がなくて、オヤジはワンセグだ。トイレやふとんで秘やかに愉しみます。ガラケーからスマホに買い換えて、少しばかり画面が大きくなったことに感謝します。オヤジの大画面というのは、その程度。

女子高生も、タブレットのことを大画面と呼びます。そう、画面の大きさはケータイが基本になっています。50インチのテレビなんて、チョー巨大なのです。手のひらサイズから、タブレット、中型テレビ、大型テレビ、チョー大型スクリーン。

これをケータイやスマホ、パソコン、テレビや映画、と呼び分けるのは意味がなくなりました。どの画面も放送の電波を受け、ネットにもつながる。どの画面もテレビであり、コンピュータです。

んなこたあ、言われなくても、視聴者はわかってます。テレビで番組を観ながら、パソコンで検索し、スマホのソーシャルメディアでつぶやく。いくつものスクリーンを自在に使い分け、放送も通信もごちゃ混ぜにして、コミュニケーションをむさぼります。ウチの息子のことですが。

こいつは大変。テレビ局は放送の電波でテレビに番組を送っていました。ネット会社は通信回線でパソコン向けのサイトを届けていました。通信会社はケータイ無線でモバイル情報を流していました。ところが受け取る個人は、その全部を同時に受け止め、自分で編集して楽しんでいます。

すし屋とフレンチと餃子店が軒を連ねるフードコートで、自分好みのおかずでマイ定食を組み立ててるみたいなもんですかね。それだと、和洋中折衷のいい定食屋ができたら客をさらわれるかも。

メディア折衷の、やっかいな時代になりましたよ。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2014年7月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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