終点のない投資における損失の意味

2014年08月05日 11:30

投資の原則は、損をしないことである。必ずしも、儲けることではない。資産は、それ自身として、本源的収益性を有する。つまり、資産の保有に収益は内包しているのだ。故に、投資とは、その本源的収益を帳消しにするような損失をださないように資産管理することにつきる。


では、投資の損失とは何か。原点においては、問題は全く自明である。要は、損失とは、投下した資金を回収したとき、回収額が投下額よりも少ないことを意味する。これは、投資の始点と終点を現金の在高で比較する、原始的だが、しかし、基本的な考え方である。現金の増えた分が利益で、減った分が損失である。

大航海時代、航海は一つの投資であった。まずは、初期投資金額で船を仕立て、商品を仕入れて出航する。途中、様々な港で、商品を売り、換わり金で別の商品を仕入れ、そうして出航地へ戻り、商品を全て売却して、投資金額を回収する。その一航海を一会計期間として、初期投資額と回収額とを比較して、損益を計算する。投資の原点における単純な現金経理である。

ところで、投資資金の管理の受け皿としては、金銭信託が使われている。金銭信託は、もともと、基本要件として、有期であることと、金銭(まさに現金)による出し入れを前提にしていた。故に、本来は、信託した金銭の額と、信託終了後に戻ってくる金銭の額とを比較して、増減を測定すればよかったのである。信託期間を一会計期間とした単純な現金経理、これが金銭信託の基本であった。

原始的な信託や航海のように、始めと終わりの明確なものについては、損失の何たるかは自明だったのである。ところが、現在では、多くの場合、投資は、永続企業体と同じで、半永久的な継続事業として行われるのである。年金基金の資産運用などが、代表例であろう。

終点がなくなれば、人工的に期間を切って(最長一年)、当該期間の損益を計測することになる。金銭信託においても、会計年度が導入される。このとき、仮に損失がでていても、多くの場合、それは、ある一時期で資産を時間評価したことによる見かけの評価損失にすぎず、実現損失ではない。

こうなると、とたんに、損失とは何かが、わかりにくくなる。評価損は、損失なのか。損失は、あくまでも、計測期間中の損失であって、必ずしも、現金で確定した損失ではないはずだ。この問題を巡る議論は、時価測定の意味とも関連させて、古くから際限もなく続けられているのだが、いまだに、よくわからない。困ったものである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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