脱サラ後のブランド戦略について当たり前のことを言っておく --- 宇佐美 典也

2014年09月13日 11:07

サラリーマンというのは、会社のブランドを借りて仕事している。

サラリーマンとして大きなプロジェクト仕切って成果を上げた場合、それは本人の実力という側面もあるが、それは会社というブランドの傘の下で上げた成果でしかないこともまた事実である。なお「ブランドとは何か」という定義はなかなか難しいのだが、ここでは「(組織や個人の)能力の社会への浸透度」とでもしておこう。組織の側がブランドを利用して人材・資本・土地といった面で従業員に活躍できる環境を整えてくれ、従業員がそれに成果で応える、という双方向の関係がある。従業員としては自分の能力を発揮できる活躍の場が適切な報酬とともに与えられる限りはその組織で働き続けるであろうし、組織としては従業員が役割を果たし続けている限りはその従業員を解雇するインセンティブが無い。まぁ当たり前のことですね。


ただ日本では雇用慣行上も制度上も会社の側から積極的に解雇していくことは困難であるし、一方で従業員側も雇用の労働の流動性が低いので仮に不満があったとしても再就職のことを考えて退職を躊躇してしまうことが多い。結果として会社としても従業員としてもお互いに許容できるスレスレの範囲まで我慢して、働き続けるor働かせ続ける、ことになる。ブラック企業や労組貴族が跋扈してしまう背景にはこういう構造がある。

話はそれたがそんなわけで日本では「円満退社」というケースはあまり無く、お互いに我慢できるスレスレまで我慢した結果爆発するように、「このままでは会社が潰れてしまう」とルネサスやJALばりの大リストラが行われるか、逆に突如「自分が正当に評価されていない」と組織を飛びだして古賀茂明氏、天木直人氏、長谷川豊氏、よろしく元いた組織のアンチと化す、というケースがままある。

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今回主題とするのは後者なのだが、サラリーマンにとって会社を飛び出して見える風景というのは結構残酷なものである。どうしてもサラリーマンをやっていると組織のブランドの力を過小評価しがちだが、外に出て独りになると「ブランドと環境がなければ、自分の実力が発揮されない」という悲しい現実に対面することになる。大きなブランドの下にいたヒトほどその落差は顕著である。私自身も経験したが、サラリーマン時代に周りにいたヒトが一斉に自分を見捨てて相手にしなくなっていく光景は本当に辛い。自分を見捨てるヒトを見る度に、自分が無価値であるような気にさせられて、叫び出したくなる。ブランドの無き実力に世間は金もチャンスを与えない。

この時大きく3つの選択肢がある。第一に元いた組織とは全く関わらない新しいブランドを作り上げていくという方向性、第二に元いた組織のブランドの上に自分独自のストーリを積み上げてサブブランドを作り上げていく方向性、そしてもう一つは自分が元いた組織を徹底的に批判することで元いた組織のアンチブランドを作るという方向性だ。

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第一の選択肢は自分がそれまで築いて来たキャリアを完全に捨て去ってゼロからチャレンジする、というものでこうした道を辿れるヒトは才能にあふれた「アントレプレナー型」とでも言える特別な存在である。 そういう人達に取ってはサラリーマンとして働いていた時間こそイレギュラーであって、元々自分というブランドがしっかり固まっていたのだろう。有名どころだと村上世影みたいなヒトがそういうタイプだ。

一方第二の選択肢は凡人の取るアプローチだ。自分が元いた組織の経験や「○○にいた」というブランドを根っこにしてその上に自分独自のストーリーを積み重ねて、徐々にオリジナリティを確立していくタイプだ。大きい組織であればあるほど社会との界面が多く、そうした立ち位置を取り続けて粘り強く自分の専門性に根付いた地に足の着いた情報発信を続ければ、ブランドが浸透して少しずつチャンスが与えられるようになってくる。私自身そういうタイプである。なおこういうタイプはリクルートなどに多い。(会社が無理矢理そうさせているところもあるらしいが)仮に「サブブランド型」とでも言っておこう。

第三の選択肢は悪魔の誘惑だ。大ブランドであればある程その対立する勢力は多く、そちらに組する誘惑は多い。そしてそちらの道を歩めば積み重ねが不要でそのまま「元○○」というブランドが最大限活用できる。日本では労働の流動性が低いため、特定の組織文化が育ちやすくまたそうした情報が人間の異動を通じて共有されない。また、一般に大ブランド側の反論は「権力の利用」と批判されてしまうため、アンチブランドは好き放題言いたい放題という状況がしばし続く。フィーバータイムだ。しかしながらアンチブランドの絶頂はまさに「辞めた瞬間」であり、その後正しい情報が徐々に伝わっていくなり、元いた大ブランドから情報が締め出されていくなりして信頼性を失い孤立していくので、衰えていくしか無い。こうして現実から途絶されるので、最終的にアンチブランドの行く着く先は非現実的な理論と歪んだ現実認識に根付く妄想の世界となる。こうして彼らは陰謀論に走ってカルト化していく。

とても当たり前のことだけれど、非常に重要なことなのでなんとなく将来の脱サラを考えているヒトの心にとめておいて欲しいので書いておいた。友人もなく孤独にウソをはき続けるアンチブランドの末路は見るに哀れすぎる。

ではでは今回はこの辺で。


編集部より:このブログは「宇佐美典也のブログ」2014年9月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は宇佐美典也のブログをご覧ください。


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