「泣き笑い」プーチン大統領の2014年 --- 岡本 裕明

2014年12月28日 13:01

泣いた、笑ったならすっきりしますが、笑った、泣いたでは気持ちよくないと思っているのはロシアのプーチン大統領でしょう。
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今年のメディア露出度の高さ調査があればたぶん、一番になったであろうその人の2014年は「本当にお疲れ様でした」と申し上げたくなります。

まずは間に合う、間に合わないでガタガタしたソチオリンピック。開会式には、欧米首脳の欠席が相次ぎましたが安倍首相はしっかり参加し、プーチン大統領との仲の良さをアピールし、「森喜朗から安倍晋三へ」の自信をしっかり持ちつつあるところでした。テロ予告など様々な抵抗勢力にプーチンらしい強さを見せつけ、オリンピックそのものは無事終了することができました。

が、その頃同時に起きていたウクライナ問題はいよいよクリミア、セヴァストポリの独立、ロシアへの併合を進め3月18日に編入してしまいました。まさに戦時中の歴史書を読んでいることが実際に起きてしまったわけです。本来ならばプーチン大統領はこの辺でさっさと手を引きたいところでしたが東部ウクライナの親ロ派と言われるグループが「俺も入れてくれ」と言ってきたところからおかしくなります。

国際世論はクリミア併合だけでも許せないとみているのに親ロ派に手を貸したとされるに至っては欧州あたりで人気があったプーチン大統領の評価急落、一方で外交ポイントが少ないオバマ大統領がここぞとばかり地政学的にも遠く、縁も少ないウクライナにちょっかいを出し続けました。困惑したのは欧州で今日のEUの不景気の一端を担っている次第であります。

更にとばっちりだったのがマレーシア航空の墜落事件でその原因についてはいまだ調査中で欧米、ロシアがそれぞれ全く違った見解を述べ、平行線をたどっています。

プーチン大統領にとって欧米からの経済制裁はある程度予想していたものであるし、いざとなれば中国からその補完をすれば良いという考えはロシア中国の接近を生み、巨額で長期にわたるロシアの天然ガスの中国による買い付け契約も行いました。これは外交的に見ればアメリカにとって大失敗な話で自分でウクライナに手を出しておいてプーチンを追いやれば中国とくっつくのは目に見えていました。

日本の戦国時代、戦いにおいて敵の脱出ルートを一か所だけ確保しておくというのは重要な戦術であったのですが、それは囲い込み、全滅作戦を行おうとすれば必ず、相手は想定外の行動をしかねないということが一つにあります。プーチン大統領にとってみれば欧州側のルートが絶たれたのだからシベリアルートがあることはごく自然の流れであります。そしてそこには習近平国家主席がニコニコして待っているだけでなく、安倍晋三首相も「ぜひとも取引させて頂きたい」という姿勢ですり寄っています。

では、年の終わりに急落した石油価格。OPEC総会でサウジなどが石油減産をしないことを主張したことで石油価格は急落、遂に年初の半分になってしまいました。プーチン大統領もここまでか、ぐらいのトーンのメディアも目につきましたが、ロシアはそんな柔な国ではありません。「2年ぐらいは我満」と大統領も述べていますが、寝技で抑え込まれても我満強さは厳しい自然環境がくれたロシア人への褒美であります。

石油価格は来年には回復すると見込まれています。世の中、オーバーシュートが長期続くことはなく、市場だけを見ていれば既に異常値となっているのです。異常値は統計的な確率からすれば極めて少ないわけで現在の世界情勢においてそれが長く続く説得しうる理由が十分にあるとは言えません。

笑った、泣いたのプーチン大統領ですが、来年はまた「エヘン」と誇らしげな顔を見せることでしょう。

雑誌のTimeはエボラで戦う人を今年の人の一位に押しましたが、それはアメリカ発の様々な意味合いも含んでいるとすればTimeの最終候補にも残っていたプーチン大統領が今年話題ナンバーワンであったことは間違いないと確信しております。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2014年12月28日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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