33歳、ネットの片隅で2014年を振り返る --- 宇佐美 典也

2015年01月02日 13:09

今年もあと少しで終わりなのだが、体調を崩して寝込んでいる。

ただこの一年激変で、肉体的にも精神的にもストレスがかかり続けた中、体調を崩さない方が不自然だったので、少し体調を崩してくれて安心している。デトックスみたいなものかなと。そんなわけでちょっと重い身体を引きづりながら2014年を振り返ってみたいと思う。

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1月: このころから諸方面からお声がけをいただくようになり、仕事の受注が増えてくる。そんな中でちょっとしたご縁から都知事選で田母神陣営を手伝わせていただくことなる。

2月:若気の至りで色々とやり過ぎて田母神陣営を追放される。関係者にはご迷惑をかけたと反省している。いつか何らかの形で禊を落とさなければならないと思っているが、今の私では話にならないので、もう少しキチンと名を挙げてからではないかと思っている。なお都知事選が終わってからはしばらくご縁ができた家入さん達と一緒に遊んでた。自分が昔いた霞ヶ関という世界と全く違う「ネトウヨ」「フリーエージェント」という2つの文化を見て、とても刺激になった。

3月:少し色々なものを見すぎてどこへ向かえばいいのかわからなくなっていた時期だった。自分の世界を広げようとメディアに出て縁を広げることにして、民放の番組出たり、池田信夫氏に枠をもらってニコ生始めたりする。振り返ると迷走の時期だったが、色々見て回ったことで仕事に繋がるいい出会いがいくつかあった。

4月:しばらく世の中見て回って「再エネ市場に張り付くしかない」と思うようになり、不動産の専門家と金融の専門家と一緒に再エネ電源の開発・プランニング・権利売買を目的とした2社目の会社を設立する。(なんとか年内に数件の契約までこぎ着けることができました。)

5月:東京MXテレビのモーニングクロスというニュース番組に初出演した。以後月2回ペースで出演することに。それまで「アイドルアナウンサーだろう」と少し斜に構えて見ていた堀潤氏のファシリテーターとしての真骨頂を見て、感心させられる。やはり評価される人には地に足の着いた一芸があるのだな~と感心する。

6月:再び迷走の時期。ブログやメルマガのネタを探して自分の専門ではない領域に色気を出して手を出したら、ひょんなことから虎の尾を踏んでこの時期怖い目に合う。「自分は言うだけではなく、何かを為さねばならないのだな~」と思うようになり、時間配分を見直して、メルマガを辞めて事業開発に時間を割くことにする。

7月:思うようにいかない時期。受注しかけていた電源開発の仕事が流れる。チャンスを発掘しようと色々なところに顔を出して何かできないか考えるが、なかなか上手く噛み合ない。イライラしていたこの頃、嫁(当時は彼女)に「あなたは運と幸運の違いが分かってない。運はただの偶然、幸運は人事を尽くして天命を待ってやってくるもの。目の前の運に一喜一憂せずに、幸運をつかもうと腰を据えて努力しなさい」というような指摘されハッとする。

8月:「短期的な結果を求めすぎるのは辞めて、自分でなければできないことをやろう」と考え、ギャンブル依存症患者の支援団体を手伝うようになる。昔からギャンブルが好きでカジノに絡む情報発信をしていたところ、カウンターの団体側にお声がけしてもらったのだが、年内にシンポジウムの開催、クラウドファンディングの展開を御手伝いさせていただく。産業界も政界もカジノばかりに目がいってしまい、現実の問題である依存症問題に手がつけられないのは少々歯がゆいのだが、時間をかけて活動を浸透させて支援を獲得していきたいと思っている。2015年前半は青少年に対する依存症問題の教育教材を作る予定である。

9月:一緒に飲む約束をしていた小学校の同級生が死ぬ。自分も限られた人生を生きているのだな、と痛感し、後悔の無いよう「自分だけしか送れない人生」を過ごそうと改めて決意する。このころから「人生はRPG(ロールプレイングゲーム)である」との意識を強く持つようになる。

10月:結婚した。

11月:個人法人(独立とともに作った一社目の会社)の決算を閉じる。累積黒字となり、ようやくビジネス界でのスタート地点に立ったと感じる。今までの仕事の多くは自分の将来性に期待してネットを通じて自分を知ってくれた人が与えてくれたものだったが、これからは「自分にしかできない仕事」というものをしてそうして仕事をくれた人に報いなければと考えるようになる。畢竟、再エネの制度解説に関する情報発信が増えてくる。しょうもないようだが、官僚をしていた自分の強みというのは業法に関する知識なのだからそれを活かすしか無い、と色々チャレンジした末一周回ってそこに帰ってくる。そういえば元プロ野球選手の石毛氏もそんなことを言っていたとふと思い出す。

12月:新著「肩書き捨てたら地獄だった」を出版。


とにもかくにも自分の短い人生の中では一番「激動」と呼べる一年だった。振り返るにこの一年での何よりもの財産が、自分と一緒に生きてくれる人、仕事してくれる人の基盤が整って来たことだ。去年の年末は孤独だった。この変化はとても大きく、そして嬉しい。2015年はそうした周りの人達と少しずつ種をまいて、できれば成果を収穫できる一年にしたい。

ではでは今回はこの辺で。


編集部より:このブログは「宇佐美典也のブログ」2014年12月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は宇佐美典也のブログをご覧ください。


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