物事に一切の定石なし --- 北尾 吉孝

2015年02月12日 16:40

先月、私は「今日の安岡正篤(287)」として「本当に美味しく食べようと思えば、美味しいものを探すのが本当か。あるいは、腹を減らすのが本当か。大切な問題であります」とツイートしました。此の問題を捉えてみるに、今のような飽食の時代と大飢饉で餓死者多数といった時代とでは根本的に違ってきます。前者においては、所謂「美味しいもの」を探そうとする人もいるでしょう。あるいは後者であれば、どのような物であれ食べる物さえあれば、美味しいと思うのではないでしょうか。私が言わんとしているのは、いつ如何なる時代状況の下で生きているかにより、その答えは全部変わってくるということです。


最近は何事にあっても、一つの答えを求めようとする嫌いがあるように思います。例えば当ブログでも昨年9月、経営学者・伊丹敬之著『孫子に経営を読む』(日本経済新聞出版社)を御紹介しましたが、今「孫子の兵法」が結構なブームになっています。但し残念なのはそこに何らかの定石があるかのように錯覚し、その文章を一生懸命覚えたりする人が多いことです。当該兵法の神髄とは周りが変化することを所与として、その中で自らも変わるということです。全ての事柄には定石があり、その定石は一切変化しないものであるが如く、その原理原則に従うのが最善だといった理解が多く、非常に困ったものであります。2500年程前の『孫子』にしろ他の古典にしろ、凡そ長い人類の歴史の篩に掛かった書であっても、唯々その文章を暗記し上記のように捉えていたら全く無意味になります。あらゆる事柄は変化の中で如何に対応するかという観点で以て、例えば『孫子』であれば『孫子』を読んで行くことなしにその本質は掴み得ないのです。

昨年3月、私は「今日の安岡正篤(80)」として『「兵は詭道なり」。つまり戦争・戦略というものはいかに相手をいつわるか、ということが根本であるというのであります』とツイートしました。「兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり」とあるように、『孫子』にあってその全ては戦において嘘を作り出し、敵を騙して行く色々な「詐(さ)」という行為に関するものです。あるいは『韓非子』を読んでみても、人を見抜くべく人の様々な反応を見て行くために全部嘘で固めて行いを為すといった類が沢山書いてあります。その一方でまた韓非子は「巧詐は拙誠に如かず」というふうに、上手く巧みな言葉は終局誠実さに及ばないとも言っています。あらゆる交渉・対話を例に考えてみるに、「兵は詭道なり」と「敵」である交渉相手を如何に上手く騙すかと常々考えていたら、交渉などというのは失敗することはあっても成功することはありません。交渉というのは相手もあることですから、自身の利益だけを考えるのではなく誠実に交渉しているという誠実さが相手に伝わること、「巧詐は拙誠に如かず」ということが、それを纏め決着をつけようと思えば何よりも大事になるのです。

昨今世に出された様々な『孫子』本を見ていてもそうですが、「何と酷い解説なんだ…」と思ったりもします。謀と策に溺れていたら結局何ら果実は得られませんし、孫子自身そうした方が良いと言っているわけではありません。大体があの孫武の書に自身で様々注釈をつけ、正に孫武以上に『孫子』に通じていたかもしれない曹操などは、あれだけ軍事力に大差があった「赤壁の戦い」にあって、諸葛亮孔明の巧妙な作戦の前に敗れてしまったわけですから。古典を読むに当たって大事になるのは、読む方が「定石一切なし」という意識を有し言わんとされる事柄を理解しようと努め、そしてそこにある本質を掴もうとすることです。あるいは虎関禅師が「古教、心を照らす。心、古教を照らす」と言われたように、正に自分の状況に照らしながら主体的に物事を読んで行き、そこに自分の解釈というものを作って行かねばなりません。そして、それを日常生活の中で活かして行くということが大事なのだと思います。


編集部より:この記事は北尾吉孝氏のブログ「北尾吉孝日記」2015年2月12日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった北尾氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は北尾吉孝日記をご覧ください。


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