今、駐在武官を活躍させる時 --- 井本 省吾

アゴラ

最近の週刊文春で、飯島勲氏(小泉純一郎・元首相秘書、安倍晋三内閣参与)の「激辛インテリジェンス」が面白い。

とりわけ2月19日号の「官邸は外務省とは別ルートを築くべき」には触発された。飯島氏は、日本の大使館における駐在武官の地位の低さが重要な情報が官邸に届かない危険を指摘している。


過激派組織「ISIL(イスラム国)」による日本人殺害テロ事件を受けて、安倍首相はヨルダンなどに駐在武官を新たに置く方針を示した。これについて飯島氏は激辛批評を展開する。

増員も大切なんだけど、その前に今すぐやるべきことがあるんじゃないかな。(各国大使館のレセプションなどに出ると)米国でもどこでも、招待客を出迎える大使館側は大使が先頭で、二番目に立っているのは制服姿の駐在武官さ。これ、国際常識よ。ところが、天皇誕生日に日本の在外公館のレセプションに出向くと、ホスト側は大使、公使、参事官……と並んでいて、駐在武官は最後尾におとしめられているんだぜ

どの国でも駐在武官はインテリジェンス・サークルの中核だよ。他国の駐在武官から見たら「オレの日本のカウンターパートはこんなに序列が低いのか」って誤解し、軽視しても不思議はないぜ。これじゃお話にならないよ。改めて欲しいぜ

今の体制では各国が日本の駐在武官に重要な軍事・諜報情報を提供してくれない恐れがある。たとえ耳寄りな情報を得たとしても、現体制では官邸や防衛省に直接連絡するのは厳禁で、すべて大使館・外務省を通して報告しなければいけないことになっている。

飯島氏も指摘するように、戦前は統帥権の独立を旗印に陸海軍とも「独立王国」のように振舞って情報を独占して外交を壟断し、勝手な軍事行動を展開してしまった。
 
その反省に立って、シビリアン・コントロールを基本に外交の一元化方針のもと、駐在武官の情報も大使館・外務省経由となった。

その経緯はわかるが、過ぎたるは及ばざるがごとし。今のままでは軍事情報、インテリジェンスにうとい外交官が首相に重要情報を上げない恐れがあるというわけだ。

秘密保護法の制定や集団的自衛権の行使容認も同じ問題意識から出ている。ならば駐在武官をもっと活用すべきだ、というのが飯島氏の提案である。

時代は大きく変わったんだからさ。世界に散っている駐在武官の情報収集を束ねる司令塔がほしいね。……首相は防衛省出身の秘書官も置いているじゃん。外務省ルートとは別に武官ルートを官邸内に置くべきだよ

まったく同感である。19世紀後半、シナ(中国)は英国のアヘン密貿易に対し、武力で攻撃しようとした。その結果アヘン戦争となり、敗戦し、植民地化された。

これに対して日本も当初は攘夷派が多かったものの、開国派が優勢となり、開国の道を選んだ。このため治外法権や不平等条約を強いられたもののシナのような植民地化の憂き目を見ることはなかった。開国の後、富国強兵、殖産振興政策によって力を蓄え、不平等条約の改正を目指し実際、明治後期にそれを実現した。

この差は何に由来するのか。幕末の日本は列強の本格来航を受けるよりも前にシナのアヘン戦争の顛末を知っていた。その学習効果は大きい。

だが、列強が軍事的に強大だという情報は大なり小なりシナにも入っていた。なのに、なぜ、外交の差が出たのか。西尾幹二著「GHQ焚書図書開封10 地球侵略の主役イギリス」の中で、次のように分析している。

その理由は、わが国の幕臣はたとえ平和な惰眠をむさぼっていたとはいえ、みんな武士だったからです。それに対してシナの重臣たちは(武士ではなく)みな文官なんですね。シナでは武人は……地位が低く、身分の高いのは文官だった。軍事的なリアリズムをもてなかったのです(133ページ)

それで世界が見えず、唯我独尊の中華思想とあいまって、列強を軽視し、墓穴を掘ったというのである。今の日本は唯我独尊ではない。むしろ友好第一と周辺諸国の悪意に疑いを持たない。平和憲法さえあればすべて大丈夫と考えている人間が多い。だが、その結果、軍事リアリズムを持てず、武官を軽視しているという点では当時のシナの状況と似ており、それだけ脆弱である。

飯島氏のいうように、駐在武官重視政策を即、実行してもらいたい。もっとも、かく言う飯島氏を内閣参与にしているのだから、安倍首相もすでに十分、承知していると思うが。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年2月15日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。