カジノ導入タイミングを逃した日本

岡本 裕明

カジノ導入議論は浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、ようやく横浜と大阪でオリンピックまでに開業を目指すと発表になりました。 しかし、長年の議論の間に時代の流れが大きく変わりカジノはもはや時代遅れのエンタテイメントとなるかもしれません。


私が20代前半アメリカ ニュージャージー州にいた際、滞在先の住宅街から毎日アトランティックシティ行きの無料シャトルバスが出ていました。何度か乗ったのですが、高齢者が多いそのバスの乗客たちはみな、うきうきした顔つきでした。そしてカジノに到着し降りるとき、運転手が10ドル分のコインロールを一人一本ずつ無料で配ってくれるのです。

あのころのアトランティックシティは西のラスベガスと並ぶほど頑張っていました。ニューヨークやワシントンからも近く、ショーに素敵なレストラン、更に水際のボードウォークを歩くのは実におしゃれな瞬間でした。

ラスベガスに最近行く人の目的は商用を別とすれば買い物、ショー、非日常体験でありましょう。私も何度か行きましたがギャンブルはほとんどしませんのでせいぜい見ているぐらいで十分です。スロットマシンは今や1セントマシンに人が張り付き、1ドルマシンにはまばらだったりします。(1セントマシンとは横一列1プレイ代金が1セント(1円以下)であります。これではいくら遊んでも散財しないし儲かりもしません。要は時間つぶしの格好のマシンであります。)

シアトル郊外にあるカジノ。ここでも同じです。私がここに来るのは隣のアウトレットに行き、たまにカジノの中にあるレストランに行く程度でここでお金を落としたことはありません。そして、同様に1セントマシンには人がいますが、それ以外のところには時間帯や曜日もありますが、なかなか一杯になりません。

最近、マカオのカジノに厳しい風が吹いているようです。「マカオのカジノ収入は14年、自由化された02年以降で初めて前年実績を下回った。中国の成長鈍化や倹約令に加え、カジノ施設内の一般向けフロアが全面禁煙になったことも客足が遠のく原因となった」(日経)とあります。

日本のパチンコもしかりです。この25年でパチンコ人口は約3分の1の1000万人を大きく下回るようになりました。多分ですが、パチンコ人口の主体が高齢者ですからその下落傾向はさらに続くものと思われます。

そういえば船橋のオートレースも廃止となりましたがこちらも公営ギャンブルなのに赤字で運営会社を変えても時代の流れは変わらなかったようです。

なぜ人々はギャンブルをしなくなったのか、ここに一度着目する必要がありそうです。社会学者の出番になりそうですが、個人的にはいくつかの可能性が考えられると思います。エンタテイメントの多様化、スリルはギャンブルではなくてもネットゲームで代行できること、ストレス発散の方法が増えた、ギャンブルの持つネガなイメージ、そして多忙化する現代社会で時間のかかるギャンブルの「収益率」の低さに気がついたことでしょう。事実、今、マージャンをやるには仲間を探すのに苦労するはずです。同じことはゴルフもそうでしょう。時間がかかるエンタテイメントはもはや主流ではないということです。

となれば、日本でカジノ解禁云々と議論を延々としていますが、その解禁をして喜ぶのは関連業者だけで事業としては「今さら」ということになりそうです。私は以前、沖縄あたりでアジアの観光客目当てでカジノ開発するなら面白いと思いましたがそれ以上のものは全く期待できそうにもなさそうです。デベロッパーがリゾート開発をしてその一角の隅の方に遊戯施設としてこじんまりとやるならもはや世の中が大騒ぎするほどのことにはならない気がします。なぜならビジネスモデルとして大きく成功する可能性が小さいから、と理由づけしておきましょう。

今やカジノ導入は税収の落ち込みから世界のあちらこちらで議論されるものの社会的影響よりその期待収益性が下がっていることの方がネガな理由かもしれません。日本でも1円パチンコがごく普通にある時代です。2020年に1円スロットが主流となれば何だったのか、ということになりませんか?どうやら日本は果実を手にするタイミングを逸したようです。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ外から見る日本 見られる日本人 2月21日付より