敢えて言う:ロシアのクリミア併合が全て「不当」とは限らない!

北村 隆司

クリミアを訪問した鳩山元首相が袋叩きにあっている。

批判は覚悟の上の鳩山元首相のクリミア訪問だろうが、史上最低の総務大臣だった弟の鳩山邦夫氏から「国民からは、史上最低の首相と呼ばれ、米国務省当局者からは『クレイジー』とまで言われてひねくれちゃったのかな? もう兄弟として話をしたくない。」とまで酷評されるとは思っていなかったであろう。

「クリミア併合は国際法違反」だと言う政府の立場は理解出来るが、権力批判の為に報道の自由を保証されている日本のマスコミが、鳩山氏のロシア寄り発言を非難一色で埋めることには疑問を感ずる。


だからと言って、首相時代の「脳足りん」振りにはあきれ返った一人として、鳩山元首相の言葉を鵜呑みには出来ない。

「領土問題は、住民投票で民主的に解決された事か納得できた」と言う発言は、さすが「ルービー」だけあると妙に感心するが、「大多数のクリミア住民がロシアに帰属することを願っている」と言う事は欧州のマスコミも報じており、「日本人がこの事実を知らない。」と言う元首相の指摘も否定出来ない。

これまで、日本国民の関心の薄かったクリミアは、日本から距離にして約9000キロ、時差も7時間(夏時間の場合は6時間)あり、直行便もなく一番早い便でも約16時間近くかかる遠い異国であるが、戦後日本の運命と密接に関係している地域でもある。

クリミアのヤルタは、1945年2月に開かれた主要3カ国(米、英、ソ連)首脳会談で、ドイツの分割統治を含む欧州諸国の戦後処理の取り決めや国際連合常任理事国5カ国の拒否権を認めた国連の統治形態を定めたヤルタ協定を締結した場所であり、それと同時に、アメリカとソ連がドイツ敗戦後90日後のソ連の対日参戦、および千島列島、樺太などの日本領土のロシア帰属等を定めた「ヤルタ秘密協定」を結び、現在も続く北方領土問題の発端となった場所でもある。

一旦締結した「国際条約」は、国際的信義もあり死守すると言う糞真面目な日本外交と異なり、ロシアは、条約締結の時に既に自国に有利な時期を見計らって一方的に廃棄する機会を狙う事を外交の基本としている国である。

この伝統は、ロシアに限らず殆どの大国が踏襲する外交手段であり、ヤルタ秘密協定が結ばれた僅か6年後の1951年のサンフランシスコ講和条約批准の際、米国上院は「合衆国としてヤルタ協定に含まれているソ連に有利な規定の承認を意味しない」と決議し、1956年には「(ソ連による北方領土占有を含む)ヤルタ秘密協定は、ルーズベルト個人の文書であり、米国政府の公式文書ではなく無効である」との国務省公式声明を発表した事実もある。

この例でも判るように、「国際法(国際条約)」なるものは、一昔前の自民党の「派閥抗争」の国際版のようなもので、理念も体系もない各国の地政学的利害対立の「妥協」の「産物」、いわば『痛み止めの絆創膏』みたいなもので、国際情勢によっては、いつ剥がされても不思議ではない性格のものである。

日本の外務官僚にすれば、この「ぬえ的」な”国際法(国際条約)”なる概念を「聖域化」して、「葵の紋」のように振りかざす事が批判を避けるには便利でも、国民をミスリードする事も間違いない。

ウクライナ問題については、欧米諸国に追随する他に選択手がない日本の立場は理解出来るとしても、日本が米国の立場の支持を表明する前に、日本のロシアとの北方領土交渉に際し、米国としてはヤルタ秘密協定の効力を否定する国務省公式声明を堅持するとのコミットを担保する外交努力をするしたたかさが欲しかった。

実利的外交力は、「エゴ」「偽善」「偏見(ダブルスタンダード)」と言う「外交の三種の神器」を巧みに組み合わせ、自国に有利な条件で「条約」を結ぶ技術のようなもので、その「条約」も国益の如何によっては一方的に「破棄」することを前提に結ぶ事も厭わない鉄面皮も必要である。

優れた少数の戦略家は必要でも、このような「生き馬の目を抜く」現実外交の世界で、政治の修羅場も潜らず、面の皮の厚さや相手を出し抜く技術の試験も受けず、ワインの飲み方など外交儀礼にだけ長けた職業外交官任せの日本外交では、国益を守り続けることは難しい。
その意味で、ロシアのクリミア併合も「国際法違反」の一言では片付けられない複雑な要素が絡み合っている。

多民族国家であるウクライナのロシアによるクリミア併合問題は、1966年に国連が採択した国際人権規約では、規約締約国は自決権を保障する国際法上の義務を負っている事になっており、民族自決の原則に従えばクリミアがロシアに帰属する方が自然であり、これを否定するなら、中国のチベット族やウイグル族への弾圧を糾弾できない事になる。

ロシアによるクリミア併合に反対する米国や西欧諸国だが、チェチェン共和国やアブハジア共和国紛争 ではロシアの武力弾圧を黙認し、イスラエルのパレスチナ紛争、カシミール紛争、クルド人問題等では常に体制派を支持して来たダブルスタンダード振りは、ロシアと変る処は何もない。

その点は、国内に少数民族問題を抱える中国も同じである。

歴史に「ればたら論」は禁手だが、40年後のソ連崩壊を夢にだにしなかったロシア人のフルシチョフが、自分が永年過ごしたウクライナへクリミアをプレゼントとしていなければ、今回の紛争も回避出来た筈だ。

今回のクリミア紛争は、無責任なナチス礼賛者を中心にしたウクライナ国粋主義者が仕組んだクリミアでのロシア語禁止法案の議会可決が契機となって、クリミア住民の大多数を占めるロシア系の住民の怒りに火をつけた事が直接のきっかけとなった事件である事も、理解しておく必要がある。

日本が真の「国連中心外交」の信奉者なら、先述の「国際人権規約」を遵守して、クリミアのロシア編入に賛成する方が理屈に合っている。

これも、日本の国益を考えると現実的ではない。それなら日本の外交政策から「国連中心主義」の看板を下すべきである。

繰り返しになるが、ロシアのクリミア併合は、クリミア住民の大多数を占めるロシア系住民の願いに沿ったもので、不当だと言うなら、中国のチベット族、ウイグル族居住区やイスラエルの西岸占領のほうである。

欧米諸国でも政府の方針に反して相手国を訪問した政治家、識者が問題解決に貢献した例は枚挙に暇がない。

鳩山元首相が取り上げた幾つかの問題は、「不当」とは何かを理解する為に役立つ物もあり、日本のマスコミが鳩山元首相のクリミアでの動静を無視した事は理解に苦しむ。

政府の立場は別として、言論の自由や報道の自由を唱える日本のマスコミが、鳩山元首相罵倒一色に染まっていることは、韓国や翼賛報道を思い起こす不気味な動きである。

欧州(最近の米国報道は党派性が強く、信用できない物が急増しえいる)の報道に接して、初めて日本のクリミア報道の内容の貧困さと日本の外交政策に関する見識に疑問を持ち本稿を記したしだいである。

参照:「ウクライナ問題:欲しかった日本外交のしたたかさ!」

2015年3月14日
北村 隆司