政治家としての三原じゅん子を侮ってはならない --- 島田 裕巳

2015年04月01日 11:56

3月16日、参議院の予算委員会で、自由民主党の三原じゅん子議員が、質問のなかで「八紘一宇」ということばを使ったことは、ニュースでも取り上げられて、大きな話題になった。

そのとき、多くの人は、三原議員が元タレントということもあり、八紘一宇が、戦争中において、日本の海外進出、あるいは侵略を正当化することばとして使われたことを知らずに、それを使ったのではないかと考えたはずだ。


しかし、三原議員は、その事実を知らなかったわけではない。彼女は、3月18日に自らのブログ「夢前案内人」において、次のように述べている。

「この言葉が、戦前の日本で、他国への侵略を正当化する原理やスローガンとして使われたという歴史は理解しています。侵略を正当化したいなどとも思っていません。私は、この言葉が、そのような使い方をされたことをふまえ、この言葉の本当の意味を広く皆さんにお伝えしたいと考えました」

三原議員は、八紘一宇ということばを、その意味するところを知らずに使ったわけではない。それを十分に認識した上で、あえてそれを使ったのである。そのことの意味は小さくない。

というのも、これはニュース報道でも取り上げられていないが、この日の予算委員会での三原議員の質問は、かなり異様なものだったからである。彼女は、最初に、東日本大震災から4年が経ったばかりということもあり、震災にふれたあと、1146年前に東北地方を襲った「貞観地震」にふれ、次のように述べていた。

「その被害の大きさに心を痛められ清和天皇は『陸奥の国震災賑恤(しんじゅつ)の詔(みことのり)』を仰せになります。大震災により罪のない国民を苦しめた、自らの不徳を悔い、その上で死者の御弔いに手を尽くす、生存者には金品を与える、これを賑恤と言うのだそうですが、その上税金を減免するなど、こと細かに心を砕いて困った人に対してそれぞれの事情に即した手厚い支援を差し伸べるよう言葉を託されたということであります。天変地異に対して自らの不徳を顧みるというお心に、私は素直に驚きました。さらに国民のことを第一に思い常にともにあろうとする、ともにあろうとなされる天皇のお心、これはのちの時代にも今もしっかりと受け継がれているものと思いました」

文字に起こされたものを読んでいくと、それほど違和感をもたれないかもしれない。だが、予算委員会の中継を映像で見てみるならば、この部分は、果たしてこれが、現代の国会で行われる議員の質問なのだろうかと、不思議に思えてくる。「天皇のお心」の貴さをくり返し強調するような議員の発言は、戦後の国会でこれまでなされてきたのであろうか。

こういう形ではじまった三原議員の質問のなかで、話題になった八紘一宇の発言が登場した。改めてそれを引用するならば、それは、「そこで、今日皆様がたにご紹介したいのがですね、日本が建国以来大切にしてきた価値観、八紘一宇であります。八紘一宇というのは初代神武天皇が即位のおりに『掩八紘而爲宇(あまのしたおおひていえとなさむ)』と仰ったことに由来する言葉です」というものだった。

これは、グローバル企業の租税回避の問題についての質問のなかで出てきたものであり、その質問のためにどうしても必要なものとは思えない。

ところが、三原議員は、質問の締めくくりの部分でも、八紘一宇ということばを使っている。それは、「はい。八紘一宇という家族主義これは世界に誇るべき日本のお国柄だと私は思っております。この精神を柱としてですね、経済外交に限らず我が国の外交、国際貢献こういったことを総理には今後とも力強く進めていただきたくお願いして質問を終わらせていただきく思います。ありがとうございました」というものだった。

その点からすると、三原議員の今回の質問全体が、天皇を世界の中心とした国際的な秩序を打ち立てようという八紘一宇の考え方自体の価値を強く訴えるためのものではなかったのかという解釈も成り立つ。要は、現代の国会に突如として、帝国議会の議員がタイムスリップしてきたような質問だったのである。

なぜ三原議員はそんな形での国会質問をしたのだろうか。それは、まだはっきりとは分かっていない。彼女はブログのなかでも、それを明かしていないし、その点を取材したマスコミもないのが現状である。

実は、三原議員は昨年の参議院予算委員会でも、同じように企業の租税回避の問題を取り上げている。2014年3月19日のことだ。とくに彼女が問題にしたのが、公的支援によって再生を果たし、巨額の利益を計上していながら法人税を納めていないJALのことだった。そのときには、八紘一宇には言及していないし、やはり東日本大震災から3年が過ぎたばかりだったものの、清和天皇の詔にもふれていない。

今回の質問は、一年前のその質問の続きということになるわけだが、その一年の間に、三原議員のなかで何かが起こっていた可能性がある。彼女は、八紘一宇の考え方を紹介する際に、昭和13年に出版された『建国』という本についてふれている。これは、清水芳太郎という人物が書いたものである。

清水は、和歌山県の出身だが、昭和9年に国家主義の政治団体「創生会」を組織し、12年から15年までは九州日報社の社長をつとめている。ただし、16年に飛行機事故で43歳の若さで亡くなっている。死後には7巻の著作集も刊行されており、言論人としてかなりの活躍を見せたことがうかがえる。

いったい三原議員は、どうやってこの清水の『建国』のことを知ったのだろうか。国会図書館には納本されているが、いくら彼女が国会議員だからといって、偶然その書物を手に取るとも思えない。

彼女は、何か別の本を通して、あるいは誰から聞いて、『建国』の本の存在を知ったのだろう。その点については、彼女のブログでも明らかにされていない。

しかし、2014年3月から翌年3月までの間に起こったと思われる『建国』との出会いは、三原議員のなかの何かを変えた可能性がある。それはもしかしたら、宗教的な回心に近いものであったかもしれない。

三原議員が、次の国会での質問でどのような発言をするのか、それは大いに注目されるところである。彼女はマスコミの報道に対して怒っており、不用意な発言をしたと反省しているわけではない。

三原議員は女優をやってきただけに、一年生議員とは思えない堂々とした質問をする。しかも、彼女は自民党の女性局長である。現在の彼女は、右派の有力な政治家へと変身をとげようとしているのかもしれない。彼女のことを侮ってはならない所以なのである。

島田 裕巳
宗教学者、作家、東京女子大学非常勤講師、NPO法人「葬送の自由をすすめる会」会長。元日本女子大学教授。
島田裕巳公式HP

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