AIIB雑感

矢澤 豊
Unknown

中国主導の下で話が進んでいるアジアインフラ開発銀行(Asian Infrastructure Investment Bank/亜投行)の発足に際して、創立メンバーにならんとする国々が「門前市をなす」様相ということでニュースになりました。


我が国のメディア報道では日本が現時点での参加を辞退したということに焦点をあてた切り口が目につきましたが、個人的にはヨーロッパ勢のしたたかさが印象に残ります。

そもそも中国が当初目指していたのはIMF(国際通貨基金)における影響力の向上でした。これはかなり正当性のある話で、IMFはユーロ危機以来ヨーロッパばかり向いてきました。たとえば今年3月時点でIMFの貸出相手国トップはポルトガル、ギリシャ、アイルランド、ウクライナです。

これでは「発展途上国のニーズに応えていない」という中国をはじめとしたブラジル、ロシアなどの国々の主張は至極ごもっとも。IMFの側でも出資比率の見直しを考慮していたのですが(2010年のスティグリッツ・リポート)、アメリカのオバマ政権が共和党支配の議会の了承を得ることができないままリーダーシップを発揮できず、IMFの構造改革は事実上棚上げ状態でした。

こうした膠着状態のなかで頬被りしていたのがヨーロッパ勢。IMFで中国をはじめとした途上国の地位向上が認められれば、相対的に彼らの地位低下は避けられなかったのです 。

ところが今回、煮え切らない既存の国際金融機関の対応にしびれを切らした中国がAIIBの設立を本格的に進める段になり、創立メンバーに滑り込んだヨーロッパ各国の要領の良さ。特にいち早く名乗りを上げたイギリスは、あたかも関ヶ原合戦を前にした小山評定での福島正則か山内一豊。もしくは1980~90年代に活躍したイギリスの政治家アラン・クラーク氏の英国保守党を評した表現を拝借すれば、「この界隈で400年間しぶとく生き残ってきた大年増」の本領発揮とでもいえましょうか。中国に恩を売った形になりました。

これから創立メンバーの間で設立合意書などの交渉が始まるのですから、これらのヨーロッパ勢がどれほど中国側の猫の首輪に鈴をつけることができるのか、見守っていきたいところです。ガバナンスの問題など問われていますが、私としてはトップ人事にも注目しています。日本人総裁にこだわっているアジア開発銀行(Asian Development Bank)に対抗して、中国人以外の人をトップに据えるのではないかと。

もう一つ印象に残ったのは、やはりアジア各国が中国のリーダーシップと資金力に期するところが大だということでしょう。南シナ海を巡ってつばぜり合いを繰り返す周辺諸国のみならず、中国から国として認められていない台湾でさえ加入申請をしているのですから壮観です。

これだけアジア諸国の期待を背負っている中国が、大局からみれば実に矮小かつ起こさなくても済むものならば起こさなくてもいい南シナ海での領海問題を自ら焚きつけ、挙げ句の果てにはせっせと砂を運んでは水面にぽっかり頭を出した小島の周辺の埋め立て工事をしているのですから、まったくつじつまの合わないはなしです。

以前も引用した清の雍正帝の「堂々たる天朝は、利益のために小邦と争うことをせぬものぞ」という王道を踏まえていれば、日米同盟の下の「アジアへのピヴォット」や「中国包囲網」などなにするものぞという時代が、おととしあたりに出現していたのではないでしょうか。

これはやはり中国という国が中国共産党という中央独裁政権を戴く限り、解決し得ない問題なのかもしれません。

最近ロシアのプーチン大頭領と中国の習国家主席の出自に関する記事をそれぞれ読んだのですが(プーチンさんのはこちら習さんのはこちら)、お二方とも政権中枢の崩壊という原体験を共有していることを発見して示唆するところが大でした。

プーチン大統領はKGBの一員として赴任していた東ドイツ(当時)ドレスデンでベルリンの壁の崩壊を経験し、その際に事態に対応する術を失ったモスクワ中央政府の轍を二度と踏むまじという決意がその考えの根底にあるといいます。そして習主席の場合は文革の混乱期に共産党幹部だった父が失脚し、家族の離散と自殺を経験したことがその政治信念の基礎になっているというものでした。

たとえ損得勘定のそろばんが合わない話であろうとも、党の威信を損じるわけにはいかない。強力な中央の権威があってこそ国を保つことができる。このような習主席の論理によれば、今回のAIIBの出だしの好調も中国共産党の栄誉にまず第一に帰するべきものなのでしょう。

満洲人皇帝が五代、約80年を経てたどり着いた王道に、覇道を進む中国共産党が辿り着くことはあるのか。そしてもし中国が現在のような対決姿勢を捨て去った時、アジアと世界における日本という存在はどのように変化していかなければならないのか。いろいろ考えさせられるご時勢です。

なお、メディアが騒ぐ日本のAIIB参加問題に関しては、こちらのサイトのご意見ですでに答えがでておりますので、まだご覧になっていない方にはご参考まで。