人類最初の「殺人」はこうして起きた --- 長谷川 良

2015年06月06日 10:35

スペイン人考古学者が同国北部で約43万年前の地層から頭部を発見した。頭部には尖った武器のようなもので殴打された痕跡があったことから、「人類最古の殺人」発見としてセンセーショナルに報じられたばかりだ。

聖書6000年の歴史の観点から言えば、人類始祖アダムとエバの長男カインがその弟アベルを殺害したのが人類最初の殺人事件だ。約43万年前の殺人事件がカインのアベル殺害の痕跡であったかは不明だ。いずれにしても、カインのアベル殺しは文献に記述された最古の殺人事件だろう。


問題は、なぜカインは弟アベルを殺したかだ。旧約聖書の創世記にはカインの犯行動機について詳細には記述されていない。ただ、神の祝福を受けられなかったカインが祝福を受けたアベルに対して妬ましく感じたことが犯行動機となったと仄めかしているだけだ。

古いテーマだが、考古学者が人類最古の殺人の痕跡を発見した時だ。この機会を利用して、人類最初の殺人事件の背景について検証してみよう。21世紀に生きるわれわれにとっても決して他人事ではないはずだ。

人類最初の殺人事件は弟アベルがもう少し賢明な若者だったら、回避できたかもしれない。アベルが妬む兄カインの心情を理解して、歩み寄ることもできたならば、悲劇は起きなかったかもしれない。アベルは、実際は神の祝福を受け有頂天となり、兄の寂しさを理解できなかったのだろう。兄は弟を妬ましく思い、殺害した。神はカインがアベルを殺したことを知って、叱咤し、追放したと書かれている。神はカインに対して具体的な制裁は課していないが、「追放した」という内容は神の懐から追われたことを意味するだけに、最高の制裁だったと解釈できるわけだ。

興味深い点は、カインのアベル殺し後、聖書は双子の例を頻繁にあげ、その度に、「神は次子を愛した」と記述していることだ。リべカの胎内の双子ヤコブとエサウが胎内にいる段階で、神は次子(ヤコブ)を愛し祝福し、長子(エサウ)は次子に仕えるだろうと言っている。タマルの胎内の双子ペレヅとゼラの場合もそうだ。弟が兄を押し出して先に出てきたとある

愛の神がなぜ、長子を愛せず、次子を溺愛したのか、という疑問が当然出てくる。多くの人は神の愛の偏向さを指摘し、不満を吐露するだろう。ジャン・カルヴァンの「完全予定説」が頭を持ち上げてくるかもしれない。

通常、家系は長子から次代の長子へと継承されるが、聖書ではカイン、アベルの時から、次子が長子を退けて神の祝福を受けるパターンとなっているのだ。全く逆だ。

イサクの長子エソウと次子ヤコブの話を思い出してほしい。ヤコブが父親イサクから神の祝福を奪っている。本来祝福を受けるべきはエサウだった。ヤコブの所業を知ったエサウは怒り、ヤコブを殺そうとする。ヤコブの母親リベカの助けがなければ、第2のカインのアベル殺しが再現されたかもしれなかったのだ。ヤコブはエサウから逃れるために叔父の家に逃げる。ヤコブはそこで21年間、叔父のもとで働き、人と財宝をもって故郷に戻り、兄エサウに全ての財宝を捧げるため、兄に敬礼しながら近づく。その姿を見たエサウは初めてヤコブを殺そうとする恨みの心から解放され、ヤコブとエサウは和解する。ハッピーエンドだ。カインのアベル殺しから約2000年後、人類は初めて弟と兄が和解した瞬間だ。そしてヤコブからイスラエルの歴史が始まる。

繰り返すが、イスラエルの歴史は異教徒の戦闘に勝利したことから始まったわけではない。また、神の神殿を建設したからでもない。人類最初の殺人であったカインのアベル殺しをヤコブが償った直後から、始まっているのだ。この出来事が神にとって如何に重要であったかを示している。

聖書が気まぐれに書かれた文献ではなく、必ず意味があるとすれば、カインとアベル、ヤコブとエサウの話には大きな意味が隠されていると受け取らなければならない。カインのアベル殺し後、神は次子を愛し、長子を憎むことで、失ったものを回復しようとしている。一見、不可解だが、救済歴史の「神の公式」というべきかもしれない。

創世記第48章の以下の聖句を紹介する。イスラエルとなったヤコブがヨセフの2人の子供(長子マナセ、次子エフライム)を祝福する場面だ。

「ヨセフはエフライムを右の手に取ってイスラエルの左の手に向かわせ、マナセを左の手に取ってイスラエルの右の手に合わせ、ふたりを近寄らせた。すると、イスラエルは右の手を伸べて弟エフライムの頭に置き、左の手をマナセの頭に置いた。マナセは長子であるが、ことさらそのように手を置いたのである」

「ヨセフは父が右の手をエフライムの頭に置いているのを見て不満に思い、父の手を取ってエフライムの頭からマナセの頭へ移そうとした。そしてヨセフは父に言った、『父よ、そうではありません。こちらが長子です。その頭に右の手を置いて下さい』、父は拒んで言った……」

上記の話も「神の公式」を理解しない限り、謎だろう。

愛を受けた存在は外的にも美しい。ましてや、その愛が神から、となれば、その美しさは格別だったろう。カインが弟アベルに感じた羨ましさはどんなものであったか。21世紀に生きるわれわれもカインと同じような試練に、家庭内で、ひょっとしたら会社で遭遇するかもしれない。スペイン人考古学者の「人類最古の殺人」発見のニュースは、カインのアベル殺しの背景とその教訓をわれわれも学ばなければならない時だ、と告げているのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年6月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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