安保法制議論がどうであれ安倍首相の勝ちは見えている --- 宇佐美 典也

先週の国会で、集団的自衛権を認める安保法制の改正案にについて長谷部、小林、笹田の参考人3人がいずれも「違憲」と述べたとのことで永田町周りが騒ぎになっている。

| 毎日新聞


そもそも憲法9条には個別的自衛権も集団的自衛権も明記されておらず、「国際紛争を解決する手段」として戦争と武力による威嚇・行使を放棄していることが謳われているのみである。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

それにも関わらず自衛隊が認められているのは憲法13条との関係で、「生命、自由及び幸福追及に対する国民の権利」を守るためには自衛のための必要最小限度の武力の保持・行使は否定されるべきではない、と解釈されるべきとされているからである。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

その「必要最小限度の武力とは何なのか?」ということを考えたときに「個別的自衛権に限られ、集団的自衛権は認められるべきではない」というのがこれまでの憲法解釈だったわけである。結局この「必要最小限度の武力」なるものに関する神学論争が今回の国会の議論なのであるが、「必要最小限度」をなし崩し的に拡大させて憲法九条を骨抜きにしないためには「集団的自衛権は認めない」とする憲法解釈が学会で主流なのはいたって自然なことなように思える。

安倍首相としてもこんなことは当然承知なわけで、では「安倍内閣がなぜこんな無理な法案を通そうとするのか」というと、それは日米同盟の要請、ということになる。米軍が世界的な再編を意図しているのは今更言うまでもないが、そろそろ実行段階に入るわけで、米軍は各国にそれ相応のコミットを求めている。

図1QDR

http://www.mod.go.jp/j/approach/surround/pdf/us_qdr_20140311.pdfより)

全体としては米軍は「これ以上軍隊を肥大化させないために、中東から手を引いて、アジアに重点展開する」ということを考えている。そのような中で、アジアに位置し、世界3位の経済力を持ち、中東に資源を依存している同盟国の日本に今まで以上のコミットメントを求めるのは自然な選択である。

具体的に日本に求められていることは、「ホルムズ海峡の掃海」と「南シナ海の監視」であり、これを実現するためには(特に後者において)集団的自衛権は不可欠となる。安倍首相はアメリカのこうした要請に忠実に応えるために、安保法制の全面改正に乗り出したというのが事の流れであろう。その見返りに安倍首相は金融政策のフリーハンドを得て円安に為替を誘導して、日本経済はいわゆる「アベノミクス」を謳歌している。一方で軸足の不安定な外交を展開している韓国は為替操作を禁じられている。

図録▽実効為替レートの推移(日本・米国・ユーロ圏・中国)

今のところ日本の為替レートはまだまだ修正過程にあり、安倍内閣は米国との蜜月を積極的に崩す理由はないし、「必要最小限度」の判断は学会や国会でいかに議論しようとも、結局のところ違憲立法審査権を持つ司法に判断をゆだねざるを得ないので、最終的には安保法案は国会を通ることになるだろう。

あとあと最高裁から安保法制について違憲が指摘されたところで、アメリカからの「安倍首相はそこまで無理してアメリカに応じてくれた」という評価は揺らがないだろうし、また安倍首相としても念願である改憲に踏み出す理屈もできる。そして安倍首相がどこかでこの「親米ー改憲」路線でとん挫して新たな政権が誕生したとしても、その政権は「反米」とみなされることになるので長続きはしないだろう。日本は日米同盟なしでは存続しえない国で反米政権は長続きしない、ということは民主党が証明してくれたとおりである。そして民主党はまた反米路線に傾きつつある。

日本を巡る情勢をざっくりと総じてみると、日本は「アジアの衰えつつある大国」であり、アメリカは「まだまだ成長する世界の唯一の超大国」であり、中国は「アメリカの世界秩序に異議を申し立てられる唯一の存在で日本を目の上のたん瘤と思っている(ただし本気でアメリカに対抗しようとは思っていない)」という関係である。今後国際的なプレゼンスが衰えていく中で日本が独自の途を歩むことは困難だし、日本が中国と組んだところでアメリカには敵いようもないし中国に良いように利用されることは目に見えている。従ってこの中で日本が埋没しないために、アメリカにつくことは合理的な選択で代替的な戦略も他にないだろう。

そう考えるとこの段階でアメリカに全面的にコミットした安倍首相は戦略的に正しいように思える。たとえ安保法制が違憲になったところで「アメリカに全面的に協力する」というスタンスを示せただけで意義がある。一方で安倍首相を追い詰める存在はよほど慎重に遣らなければ、悲しいかな「反米」とみなされるリスクを背負うことになる。

そう考えると安倍首相は既に勝利者である。野党は既にして泥沼に引きずり込まれた。結局は親米は常に「政治的に」正しいのである。

ではでは今回はこの辺で。


編集部より:このブログは「宇佐美典也のブログ」2015年6月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は宇佐美典也のブログをご覧ください。