同盟関係は「情と信頼感」で維持される

2015年07月18日 15:27

13日に開催された衆院安全保障関連法案の中央公聴会で、外交評論家(元外交官)の岡本行夫氏が次のように述べた事が胸に残った。

2001年の9・11テロ(米中枢同時テロ)の際、全世界に展開する米軍にテロリストが攻撃する可能性があるとの情報があり、横須賀(神奈川県)の米第7艦隊も速やかに硫黄島海域に退避することになりました。そのとき米国は交通量が多い東京湾を迅速に航行しなければならないので、海上自衛隊が先導してくれないかとの要請がありました。

 根拠法規を持たない海上自衛隊は苦肉の策として、当時の防衛庁設置法第5条……を援用し、米艦隊の退避行動を調査するという理由を付けて調査しました。それも日本の領海内だけでした。しかし、こうして第7艦隊を先導して南下した日本の護衛艦の姿は繰り返し、米国のテレビで放映され、米国民の大きな感動を呼びました。

前回の拙ブログ「集団的自衛権と対米従属」で、私は「日米同盟を強化するために集団的自衛権を行使するのはいいが、自衛隊が米軍の下請けのような形で利用されるのは避けるべきだ。つねに日本の国益の観点から集団的自衛権を考えるべきだ」と書いた。

その際、念頭にあったのは欧米の外交思想としてはほぼ常識になっている「国家間に友情はない。あるのは共通の利益のみだ」という冷徹な国家観である。

米国は日本を守るために日本に米軍基地を置いているのではない。米国のためである。日本を守るのは、それが米国の国益にかなう時だけであり、結果として日米共通の利益を追求することになる。集団的自衛権も共通利益がある場合のみ行使する。そうでなければお人好しであり、国益の流出となる。

そう言いたかった。が、人は冷静な計算のみによって生きているのではない。岡本氏の披露したエピソードはそのことを再確認させた。日本の海上自衛隊が第7艦隊を護衛した姿が米国のテレビで何回も放映され、それが米国民の感動を呼んだ。

9・11テロで米国民の心が沈んでいた時だけに、日本人の「友情」が嬉しかったのだろう。そうした支援が、2011年の3.11東日本大震災後の米軍の大規模な震災地支援「トモダチ作戦」につながっていった。

同盟関係はそうした相互の行動によって信頼感が増し、絆が強まる。重ねて言えば、それらの背後にも互いの国益をにらんだ冷静な計算がある。相手が弱っている時に助けることで相手に「貸し」を作り、こっちが弱ったときに「借り」を返してもらう。

情けは人の為ならず。そうした計算、打算は外交の基本であり、国家として当然の戦略である。

ただ、クールヘッド&ウォームハートと言う。打算ばかりで心がなければその同盟関係は危うい。どこかで「アイツはいいヤツだ」と感じさせるもの--情があって、同盟関係は維持される。

米国には打算だけでなく、ウォームハートもある。岡本氏は公聴会でこんなエピソードも披露している。 

日本では報道されませんでしたが、2004年4月、日本の30万トンのタンカーの「高鈴」がイラクのバスラ港沖で原油を積んでいた際に自爆テロボートに襲われた。そのときに身を挺して守ってくれたのは、3人の米海軍軍人と沿岸警備隊員でした。彼らは日本のタンカーを守って死に、本国には幼い子供を抱えた家族が残されました。

身を挺して職務を全うし、日本のタンカーを守ってくれた米軍人に心から感謝し、その死に哀悼の意を表したい。

日本が米国を同盟相手に選んだのは、世界最大最強の軍事外交力と経済力を持ち、自由と民主主義を標榜しているからだ。しかし、それと同時にウォームハートに富む国民だからでもある。

今回の安保法案はそうした国家との相互信頼を強め、日米安保体制を強化する。逆に、米軍や米国民が危険な状況にある時、彼らを助けなければ相互信頼を弱め、日米安保同盟は揺らいでしまう。わが国は相手の国に守られているのに「憲法9条があるから、米国を助けることなどできない」と言って通用する時代は終わったと心得るべきだ。米国だけではない。

 岡本氏は「世界が助け合っているときに日本がわれ関せずという態度を取ることは、すなわち日本人の命と財産を守る負担は他の国に押しつけるということを意味します」と語っている。

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