「集団的自衛権」をいじめ問題で考える

2015年07月21日 16:41

「集団的自衛権や安全保障関連法案の理解が進んでいないのに、強引に法案を国会で通そうとしている」とマスコミが批判し、安倍政権の支持率が下がっている。野党はここを先途とばかりに院外でデモ隊を前に「憲法違反だ!」と攻撃、あわよくば「倒閣へ」と前のめりの格好だ。

確かに集団的自衛権はわかりにくく、安保関連法案は11本もあるので、全体を理解するのは難しい。しかし、基本だけはしっかりと国民に浸透させる必要がある。安倍政権もその精神でマスコミや参院に臨もうとしている。

私もそれを支持している。そこで、宮崎正弘氏のメルマガ「国際ニュース・早読み」21日号(通算第4609号)に掲載された「読者の声1」を参考にしながら、小中学生でもわかるような初歩的な説明を考えてみた。

国際社会を小中学校のクラスとすると、どこにもいじめっ子がいる。特に最近、体格が大きくなったC君は、ここ数年、何でも言うことを聞くようになった子分格のK君を従えて体の小さいJ君を毎日ののしり、悪口をいう。

家の軒先にあるセンカク岩にご執心で、「これはオレのものだ」と毎日やってきて、岩の周辺を行ったり来たり。文句を言えばなぐりかからん勢いだ。クラスには他にも「北」というニックネームの乱暴者がいる。

J君は学校の近くにある柔道・空手教室に通って力をつけ、対抗しようと思うが、自分だけでは勝てそうにない。

そこで、頑健な体で性格も明るいクラスメートのA君に力を貸してもらおうと考えた。A君は「いいよ、その代わり君の家の部屋をいつでも使わせてくれよな」という。「わかった」ということで、二人は協力する約束(同盟=安保条約)を結んだ。

それでA君がそばにいると、以前はC君もおだやかだったのだが、最近体力が大きくなった。一方A君は少し力が衰えて以前ほどの勢いがない。

それまでのA君とJ君の約束では、J君が攻撃されそうになったらA君は助けるが、A君が危なくなってもJ君は助けなくてもいいことになっていた。

だが、最近は「J君が一緒になって戦うなら僕も戦うが、J君が何もしないなら僕もCや『北』とは戦わない」と言うようになった。

そこで、J君は「僕も一緒に戦うから、僕との約束を続けてくれ」ということにした。A君は「それならいいよ」と言う。

最後の「一緒に戦う」のが集団的自衛権である。これが今、「憲法違反だ」と問題になっているわけだ。

なぜ、憲法違反か。クラスの「憲法」では相手に殴りかかられても、手を出してはいけないことになっている。以前(1945-50年ごろまで)、憲法の先生は「絶対に手を出してはいけない」と完全武装放棄を唱えていた。

「クラスの人間はみんな平和を愛している。そう信じて、生きて行こうと決意」し、相手が左の頬を打ったら、右の頬を差し出すのが平和を維持する道だとして、担任の先生は「非武装無抵抗」を生徒に強いてきた。

しかし、平和を愛すどころか乱暴な生徒も多く、いじめられっぱなしの生徒はイヤ気がさして自殺したりした。マスコミの追及に先生は「そんないじめがあったとは知らなかった」と言い訳した(昨今もそんな事件が見られる)。

さすがに先生も「これではならじ」と生徒自らが武力をつけ、相手の攻撃に対して抵抗、防衛するのはいいと認めるようになった。これが個別的自衛権である。「殺されそうになったら戦う」のは人間の生存権、自然権として国際的に認められているからだ。

実は自然権であろうと、憲法で「戦ってはいけない」と規定したのだからこれは憲法違反なのである。日本の憲法は「殺されても戦ってはいけない」という、生存権を無視したおかしな憲法なのだ。

で、憲法の先生も「個別的自衛権まではいい」と言い出した。現実と妥協した「解釈改憲」である。

ところが、友達と共闘する集団的自衛権はダメだという。

A君は時々、遠いところ(地球の裏側)まで出かけて行ってケンカをする。そんなところまで付き合わされては危険だ(戦争に巻き込まれる)というのがクラスの憲法を尊重する先生たちの意見だ。

J君は「いくらA君に求められようと地球の裏側まで行ってケンカする気はない。よほどのことがない限り防衛するのは我が家の周辺だけだ」と反論する。だが、憲法の好きなクラスメートは「一度一緒にケンカしてもいいと認めるとそれが一人歩きする。危険だ」と言って納得しない。

しかし、A君と一緒に助け合ってC君らに対抗する方がケンカは起こりにくい。抑止力が働くからで、その方が、平和が保たれる。集団的自衛権行使の狙いはそこにある。クラスのいじめをなくすにも仲間で助け合った方がいいはずだ。

自分は助けられるばかりで、友達(A君など)がいじめられても手を出さないという自分勝手の態度では、誰もJ君を助けようとしなくなるだろう。

あくまでも憲法にこだわるのなら、憲法を改正すべきなのだが、3分の2以上の賛成がないと、改正できないので、当面は新しい解釈改憲で行こうとした。

それが現在の集団的自衛権の行使容認、及びそれに基づく新安保法制である。

わかりやすく説明したつもりだが、いかがだろうか。

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